★VAMPIRE TEMPTATION★

「おはよう、兄さん」
セシルが心配そうな、自分を伺うような目で朝の挨拶をしてくる。
その傷ついた表情を見るのが、セオドールにとって一番辛いことだった。
兄さんは僕が必要じゃないんだ、セシルの心の悲鳴が聞こえてくるようだった。
違う、セオドールは否定したかった。
しかし、このままセシルの前から姿を消すことこそ、セシルにとっての幸福だろうと思われた。
セオドールを気遣ってか、今までよりも早く館を出て行くセシル。
その姿をセオドールはバルコニーから眺めていた。
一人歩いていくセシルの背中が小さく見える。
そのセシルを後ろから近づいていくものがあった。
カイン・ハイウィンド。
セシルの親友。
カインの手がセシルの肩に触れる。
馴れ馴れしいとセオドールは怪訝な顔をしたが、その行動を当たり前のように取れるカインが羨ましくてならなかった。
自分がセシルに触れてしまえば、セシルの精気を吸い取ってしまう。
暗い気持ちを引きずったまま、セオドールはバルコニーから自室へ戻った。

仕事を終わらせると、自室に籠っていたことへの息苦しさを感じ、セオドールは外へ出た。
日々酷くなっていく喉の渇き。
セオドールは歩く道すがら、またゼムスが姿を見せてくれないかと辺りをうかがっていた。
しかし、その気配はない。
きっとどこかで楽しげに自分を監視しているのだろう。
イライラしながら、足早に歩いていく。
セオドールの額には汗が滲み始めた。

繁華街の裏路地まで来た時、セオドールは一人の青年が佇んでいることに気が付いた。
銀色の髪を揺らし、露出の多い洋服を着ている。
客引きの姿は珍しくもないが、その容貌にセオドールはハッと息を呑んだ。
セシル、こんなところで何をしている・・・!
驚きと怒りにも似た感情を持って、青年に近づいていく。
貧血で霞む目にはセシルと映った青年は近くでまじまじと見ると、全くの別人であった。

大柄の男に恐ろしい剣幕で近寄られ、恐れを成していた青年だが、身なりの良い格好をしたセオドールを見ると、媚びた声で誘った。
夜の公園の方へセオドールの手を引く。
楽しそうに自分を誘い込む銀髪の髪がふわふわと揺れる様子を眺めていると、幼年期にセシルと公園を駆けまわっていたことを思い出した。
セシル、セシル
セオドールが銀髪に手を差し込む。
青年はようやくその気になったようだと思い、セオドールを振り返ろうとした。
青年が気付くより早く、セオドールの牙はその白い首筋に食い込んでいた。
「うわあ・・・・あ・・・・」
一瞬悲鳴が上がるが、すぐに大人しくなった。
若い、甘美な血が体に沁み渡ってくる。
それは恐ろしく滑らかにセオドールの体内に溶け込んで行った。
青年が体温を失っていく。
その動きが完全に止まると、セオドールは青年から牙を引き抜いた。
初めての食事はあまりにも甘美だった。
そして、たわいのないことのように思われた。
人間の方でも家畜を殺して食べているのだから、ヴァンパイアが人間を殺して食べたところで、それはこの世の理のように思えた。

しばらく惚けたように、その味を反芻していると、
「どうした・・・何をしている!」
鋭い声が呼びかけてきた。
セオドールは振り返った。
そこには、青年の叫び声を聞き、駆け付けたカインが立っていた。
「あんた、セシルの・・・」
そう呼びかけようとして、カインは息を飲んだ。
セオドールの口元は鮮血を滴らせており、腕の中の青年が既に息絶えていることに気付いたからだ。

見られた。
不思議と慌てることがなかった。
それどころか、セオドールは笑みさえ浮かべていた。
カインを見据える瞳、その目が月明かりを反射して、金色に光るのを見た。
「化け物・・・!」
カインが踵を返して逃れようとする。
セオドールは初めて自分の元へゼムスが来た時と同じように、すさまじい速さでカインを追い越し、その前に立ちはだかった。

「やめろ!」
カインのブラウスを引きちぎると、牙を立てた。
カインの血を味わう。自分と同じく、セシルを想う血。
そう思うと、その味は格段と美味だった。
「・・うっ・・・うあ・・・」
勢いよく血を啜られ、カインは貧血に喘いだ。
殺される、そう思った時、カインの体には何か温かいものが駆け巡った。
セオドールの精気だ。快楽にも似た心地良さ。
「・・・あ、あぁ・・・」
カインの体が自分の精気で満ちるのを感じた時、セオドールは牙を引き抜いた。
カインの体が倒れ込んでくる。

仮死状態となったカインの体を館のゲストルームに無造作に投げ込んでから、セオドールは途方に暮れる思いに沈んだ。
自分は一体、何をしているのか。
今朝、この青年の姿を見た時、セシルのことをまかせようと思っていたはずなのに。
ヴァンパイアとなって、セシルに触れることができなくなってしまった以上、セシルと一緒にいられて、セシルを支えていくのは親友であるこの青年でなければならない。
しかし、幼いころからずっと一緒だったセシルをこの青年に取られるくらいなら、という思いに絡め取られていた時、運悪くもあの現場を見られてしまった。
見られた以上、この青年を殺すか、仲間にするか、どちらかの選択肢しか残されていなかった。
みすみす殺してしまうよりかは、セシルを愛する者同士、仲間にしてしまい、同じ苦痛を味わわせてやるのも一興だ、そんなゼムスの様な意地の悪い考えに支配されていた。
カインの閉じた瞳を眺めながら、さて、仲間にしてしまった後はどのようにしようか。
そう思うと途方に暮れる思いだった。

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