★幸福だった頃★

セシルをバロン城に連れて帰ってから、成長を見守り続けてきたバロン王は複雑な心境を抱えていた。
―成長するごとにセシリアに似てくるー
森の中であの子を見つけた時、真っ先に彼女の面影が頭に浮かんだ。
普段なら捨て置くだろう、赤子を、どうしても連れて帰らずにはいられなかった。
剣術の稽古を終え、王の執務室へ帰る道すがら、セシルの剣の腕前を反芻した。
どんどん上達していく。
おそらく、クルーヤとセシリアの子供なのだろう。
才気煥発で、有望な青年だ。
バロンにとっても、大きな財産となるだろう。

王として、セシルの教育に関わりすぎてしまった自分を少し後悔していた。
周りのセシルを見る目に、嫉妬や羨望が渦巻いていることにも気が付いてはいる。
しかし、セシルの面倒を見て行きたいという自分の想いを止めることができなかった。
自分の力が足りず、殺されることとなってしまったクルーヤ。その後を追うように亡くなったセシリア。
こんなことはあってはならなかった。
だからこそ、その子供のセシルを大事に育てて行きたかったのだ。
おそらく、ミシディアとバロン、世界とバロン、その平和の架け橋となっていくのだろう。

バロン王はセシリアとのことを思い出していた。
バロンの小さな町に住んでいたセシリア。
平民のセシリアは、街で道具屋の手伝いをしていた。
たまに薬を作るのに使う薬草類を、バロンの森へ取りに行っていた。
森の中を歩くセシリアを偶然見かけたのが最初だった。
銀色の髪をした美しい女性。
バロン王は初めて見るその女性に目を奪われてしまった。
森へ馬術の練習へ来ていたバロン王は、たびたびセシリアを目にした。
何度か声をかけ、話をしていくうちに、徐々に親しくなっていった。
重そうに、薬草の入ったかごを持っているセシリアを手伝い、バロンの町まで送って行く。
若いバロン王にとって、この森に来ることはセシリアと話をすることが目的になりつつあった。
いつか、セシリアの心が自分の方へ向いたら、求婚しようと思っていた。
その折に、バロンの町にクルーヤがやってきた。
月から来たという青年は、まるで魔法の様な技術を町から町へと伝え歩いていた。
手のひらで、火や水を思い通りに操るその青年の闊達な姿に、セシリアは心を奪われた。
クルーヤの方でも、セシリアを特別に思っていたようだ。
二人はほどなくして結婚してしまった。
バロンの町では、二人が寄り添い、楽しそうに笑い合う姿を度々見かけた。
この苦い失恋に、バロン王は苦しんだが、セシリアのいるこの町を守れるような騎士になろうと、剣術の稽古に没頭していった。
そして、騎士王の位にまで上り詰めた。
セシリアへの想いがなかったら、ここまで辿り着けなかっただろう。
バロン王はセシリアに感謝していた。
その折に、クルーヤのもたらした魔法を巡って戦争が起きた。
バロン王はなんとしてでも、クルーヤとセシリアを守ろうとした。
だが、クルーヤは軍を動かすことに反対し、バロン王に手を出さないで欲しいと断固とした口調で言った。
クルーヤがバロンにいると、戦争の火種になるとし、結果的に、国を追われる形となってしまった。
その後の消息は聞いていない。
噂では二人は亡くなったと聞いている。
バロン王はどうしても、セシリアを探したいと思っていた。
執務の合間を縫っては、諸国へ出かけ、この銀髪の女性を捜し歩いた。
セシリアは見つからなかった。
そんな折だった。
森の中で、セシリアと同じ銀髪をもつ、赤子を見つけたのは。
バロン王はこの出会いに涙を禁じえなかった。

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