★無情な時計の針を、痛みの分だけ戻せたなら★

セシルが兵学校の卒業を迎える。
セシルは礼服を着込み、卒業式に臨んだ。
主席卒業者として、壇上で挨拶をする。
バロン王はその式辞を、一句一句噛みしめていた。
式は滞りなく終わった。

その夜、陸兵隊に所属することとなり、しばらくの間バロンから離れるセシルとゆっくり話をするために、バロン王はセシルを王の間へと招いていた。
バロンを称える赤い色の軍服を着たセシルは伸びやかに成長していた。
その胸には学業を終えた者に与えられるバッチが輝いている。
セシルは喜びに少し潤んだ瞳をして、バロン王の前に立った。
「陛下、無事に卒業しました」
今までのバロン王の支援に恭しく礼を述べる。
バロン王は頷きながら耳を傾けていた。
剣術のこと、馬術のこと、バロン王に教えてもらった数々のことをうれしそうに話すセシル。
バロン王はその話を少し上の空で聞いていた。
セシルの容貌に見つめている。
銀色の髪に白い肌。目鼻立ちはセシリアに似ている。
ほとんどセシリアの生き映しと言っても良いくらいだ。
私が憧れた唯一の女性。
しかし、セシルの瞳の色はクルーヤの色をしていた。
すみれ色の瞳。
セシリアの瞳は青色だった。
ここだけが、セシリアと違う。
彼はセシリアではないのだ。

はにかみながら、話続けるセシル。
突然、セシルが驚いた顔をして、口を噤んでしまった。
バロン王が少し訝しげな顔をする。
「・・・陛下・・・」
バロン王は自分の頬に涙が伝わっていることに気が付いた。
水滴が絨毯へ吸いこまれていく。
「すまない、セシル・・・」
バロン王は顔を覆って、泣き崩れた。
「どうしたのです、陛下」
慌てて、バロン王の前に膝まづく。
涙に濡れた瞳で、セシルを映す。
心配そうなその表情。私がさせたいのはこんな顔ではない。
膝を付くセシルの髪を撫でた。
「あぁ、セシル、よくぞここまで大きくなったね」
バロン王の目から新たな涙が零れ落ちた。
「成長する度に、あの方に・・・セシリアに似てくる」
セシリア、初めて聞く名前だった。セシルは静かにバロン王を見つめる。
「お前のお母さんはセシリアという名だよ。銀色の髪、大きな瞳、セシリアにそっくりだ」
こんなことをセシルに言ってはいけない。
「私の力が及ばなかったばかりに、セシリアは国を追われてしまったのだ」
セシリアのことは生涯セシルには伝えてはいけない。
セシルの人生はセシルのものだ。
「お前には辛い想いをさせたね。全て私の責任だ」
セシリアの面影を探してはいけない。セシリアの思い出を押し付けてはいけない。
そう自分で固く決意はしていたが、溢れてしまった感情を止める術を持たなかった。
「セシリア・・・僕の母さん・・・」
セシルは少し困惑したような表情でバロン王を見つめている。
「だから、陛下は、僕を・・・」
セシルの唇に震えが走る。
「そうだよ。セシル。お願いだ。セシリアが私の心に開けた穴を埋めておくれ。お前がただ、森に捨てられた孤児だというだけなら、こんなに可愛いだろうかしら」
バロン王はそう言うと、嗚咽を漏らしながら、セシルの背中を抱きしめた。
その瞳から流れ出る涙はセシルの肩を濡らした。
バロン王がしゃくりあげる度に、背中が震えている。
いつもはあんなにも大きく見えた陛下の姿が、こんなに頼りなく見えたのは初めてだった。
茫然としたセシルは、バロン王の肩を支えながら、泣き続ける王をいつまでも見つめていた。

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