★un secret dans mon cœur★

試験が近づいてきた。
カインは兵法の資料を借りるために、図書館へ向かった。
この時期になると閲覧室が混み始める。カインは図書塔の最上階まで上がり、空いている部屋まで歩いていった。
人がまばらに座っているテーブル席の合間を歩いていく。
一番奥のテーブルを見やると、セシルがいた。
大窓から射し込む夕陽が、彼の銀髪を輝かせている。オレンジ色の光に溶けてしまいそうだ。
大理石でできた彫刻のような端正な横顔の輪郭を光がなぞっていた。
沈んでいく太陽と共に、セシルも消えてしまいそうな予感がして、カインは一瞬不安になった。

その時、セシルが顔を上げた。
眩しい夕陽は、彼のすみれ色の瞳に、鋭い光を打ち、その瞳を輝かせた。
消えゆく太陽の断末魔が、瞳の中で反射しているように思えて、カインは一歩後ずさってしまった。
セシルの口元がわずかに頬笑みの形をとり、カインに会釈をした。
学校の中では二人は言葉を交わさない。視線の交わし合い、無言の合図だけが二人を結びつける。
セシルは拡げていた本を閉じ、立ち上がると、カインのすぐ横を通り過ぎて行った。

セシルが持っている本に目を向ける。
手で題名を隠すように持っているので、表題を全て見ることはできなかったが、「暗黒」という文字が見えた。
黒魔術、暗黒騎士に関する事柄は試験科目には入っていなかったはずだ。
カインは少し首をかしげたが、自分の試験のこともあり、さして気にも留めなかった。


試験が無事に終わると、兵学校の卒業を控え、卒業後に所属する騎士団の進路調査が行われた。
ここでもまた、セシルの噂で持ち切りになった。
彼は暗黒騎士になるらしいというのだ。
カインは図書館で、セシルが持っていた本のことを思い出していた。
暗黒騎士は体に鎧を打ちつけ、暗黒の瘴気を流し込まれ、戦う人形のように死ぬまで戦い続けることを義務付けられている。
貴族の位を持っているような兵学校の生徒は、誰一人として暗黒騎士を希望する者はいない。
出世の見込みの低い陸兵隊や、所得が低く生活をしていくのも苦しい庶民が、一躍、莫大な収入を得るために存在しているような闇の組織だった。
毎年、何十人という候補が暗黒騎士の施術は受けているが、成功事例はあまりにも乏しかった。
暗黒に適合できるものも中にはいたが、戦いの中で、自我を失い、結局は陸兵隊の手にかかって処刑される者もいた。

今回、初めて兵学校から暗黒騎士が出るかもしれない。
確かに、セシルは貴族ではなかったため、暗黒騎士になることを止める者はいない。
また、セシルと王との関係が終わったという噂も流れた。
王はセシルに飽き、体に醜い傷が残ってしまう暗黒騎士に任命し、処分したがっている。そのような酷い噂で持ち切りになった。
幻獣と人間の合いの子というのが本当であれば、彼は暗黒騎士の真の適合者なのかもしれない、という期待の声も囁かれていた。

カインは、進路のことを何も話さないセシルに苛立っていた。
二人の間には確固たる友情、いやそれ以上のものがあったはずなのに、暗黒騎士になる、ということをセシルは話したことが無かった。
むしろ、卒業後の話を避けていたとも言える。

カインはセシルに詰め寄った。暗黒騎士の話を持ち出すと、セシルの瞳は曇った。
「このバロンに、僕の居場所はないんだ」
セシルが俯きながら言葉を紡ぐ。
「僕に両親はない。僕が死んで困る人もいない。だから、暗黒騎士の適合試験を受けて、合格したら、せめてバロンのために役には立てる」
自分の命を投げ出すかのように思える言葉にカインは言葉を失った。
適合試験を合格できなかった場合、その者は死ぬか、廃人になるか、どちらかの未来しか残されていなかった。

セシルの心の中に、カインの存在だけではどうしても埋められない空白があることを思い知らされた。
セシルとカインを隔てている空白。
バロンに生まれ、竜騎士の血を受け継ぐカインと、何者でもないセシル。
「君に会えるのも、今日が最後だ」
セシルは決意を固めた目でカインを見た。
カインはセシルの言葉を納得せざるを得なかった。セシルはどこの騎士団に所属したところで、存在が浮いてしまうことは目に見えていた。カインが竜騎士団にセシルを推薦することもできるが、そこでもセシルは打ち解けることはできないだろう。

心の中にわだかまる思いを振り払うようにして、二人は抱き合った。
乱暴とも言える程、激しくお互いに求め合った。そこから得られるものなど何もないこともわかっていた。
カインはセシルの鎖骨に唇を落とし、セシルの白い手に自分の手を重ね合わせた。
指が絡まり合う。
セシルは常にカインを尊敬するような眼差しで見つめていた。
子弟のようにカインに付き従う。
セシルは剣術のアドバイスをカインから享受するために、ハイウィンド邸に通っていたようなものだった。
セシルにとってカインは師だった。

セシルの指がカインの手の甲に絡みつく。
それは甘えているように見えた。離れることがないようにカインの手に爪を立てる。
カインの方でもセシルの手を強く握り返した。
真っ白な指。その指の隙間から巧みに自分を捨て去り、自分の領域から追い出そうとする。カインはセシルに打ち捨てられたように感じていた。
強くなるための助言は進んで受けたが、自分の気持ちは絶対にカインには洩らさなかった。
カインはセシルの体をものにすることはできたが、セシルの心に触れることはどうしてもできなかった。

傷一つない白い体。ここに鎧が打ち込まれると思うとたまらなかった。
しかし、いつも掴みどころなく、ふわふわとあたりを漂っているように見えるセシルが、暗黒の鎧に繋がれるということは、生涯をバロンに拘束されるということでもあった。
暗黒が、セシルを永久に閉じ込める。
セシルが無邪気に自分の手を擦りぬけて、消えてしまうような焦燥感は、きっと暗黒の中に消え去るだろう。
暗黒の瘴気に侵され、苦悶するセシルの表情を思い浮かべてカインは恍惚に浸った。
今、セシルは体の中にカインを咥えこみ、頬を赤く染めて、快楽に耐えている。
この柔らかな体に鉄の釘が打ち込まれる。
暗黒に支配されるセシル。そうなれば、セシルを救い出せるものはもはや誰もいない。
もちろん、カイン自身にも救いだせない。
しかし、セシルを手に入れられない焦燥に比べたら、暗黒に身を削られ、弱り果ててセシルが死んで行くのを、最も間近で見つめ続けること、それはカインにとってセシルを手に入れ、支配することと同じように感じられた。

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またよくわかんない展開に。
携帯が壊れて修理に出しています。代用に借りた携帯がまじ使いやすくて快適更新。

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