★嵐が丘★

「セシリア、おいで」
バロン王が優しい声で呼びかける。セシルは少し、戸惑った顔をして応えた。
「あぁ、悪かった。お前はセシルだったね。おいで、セシル」
不意に、バロン王はセシルと、セシリアを呼び間違えるのだ。それは幼いころからの慣習であったので、セシルは気にしないように努めていた。
きっと、自分に似た女性がいたのだろうと思って納得することにしていたのだ。

バロン王の寝室で、夜のお勤めは終えたセシルは、そのまま王の豪奢なベッドで休んでいた。
バロン城を雷雨が遅い、窓ガラスに大粒の雨が叩きつけられている。
不規則な雨粒の音を聞きながら、眠りに落ちると、不可思議で、気味の悪い夢をみたのだ。



窓が開きっぱなしになっていて、雨が部屋の中まで吹き込んでいた。
陛下の絨毯を濡らすわけにはいかないと思い、セシルは立ちあがって、窓へ駆け寄る。
窓から身を乗り出し、片腕を差し伸べて、窓枠を掴もうとした。
ところが、どうしたことか、セシルの手に掴まれてきたのは、小さく細く、氷のように冷たい手の指だったのだ。

セシルは驚いて、手を引っ込めようとした。
しかし、冷たい手はセシルの手首にしがみつき、すすり泣きにも似た声で懇願してきたのだ。
「ここはとても寒いわ。どうか、お部屋の中に入れて下さらないかしら」
セシルは恐ろしくなって、手を振り切ろうとした。ここは城の5階だ。外に人がいるはずもない。
「あ、あなたは誰ですか。なぜそこにいるのですか!」
蒼白になって、セシルは叫ぶように問いかける。
「私はセシリア」
聞き覚えのある名前にセシルがはじかれたように顔をあげる。
うすぼんやりと見えてきたのは、美しい銀髪を持つ、死人のように青ざめた少女の顔だった。
「あら、あなた私にそっくりね。私の代わりにここにいるのかしら。本物の私は今帰ってきたわ。あなた、出て行ってちょうだい」
セシリアは頬笑みながら、冷たい指先の力を強めた。セシルの手首にセシリアの指が食い込む。みるみるうちに、セシルの腕は腐り、白骨となって崩れ落ちた。
セシルは気も狂わんばかりに叫び声をあげた。


「セシル、セシル!どうしたのだ。セシル!」
バロン王がセシルの肩をゆすっている。
悪夢にうなされ、叫び声を上げたセシルを必死に起こそうとしたのだ。
セシルは泣きながら目を覚ました。

「陛下、陛下ぁ」
セシルはバロン王の胸に抱きついた。バロン王はセシルを強く抱きしめる。
「もう安心だ。怖い夢でも見ていたのかな。ひどくうなされていたようだ」
「ごめんなさい。陛下」
うるんだ目で、バロン王を見上げる。
涙がまとわりつくまつ毛を、バロン王はやさしげにぬぐった。
「お化けの夢を見たの。そこの窓で、女の子に手を掴まれて・・・」
小さく方を震わせ、俯きながらセシルは続けた。
「女の子はセシリアって言ってた。僕みたいな銀色の髪で、私が帰ってきたから、僕は城を出ていけっていうの」
バロン王が、セシルの髪を撫でていた手を止めた。
「セ・・・シリア・・・だと・・・?」
あまりの驚愕に、目を見開きながら、セシルの両頬を大きな手で包み込む。
「その子はセシリアと名乗ったのか!?」
恐ろしい剣幕で、セシルに詰め寄る。
セシルはバロン王の変わりように動揺し、言葉を発することもできず、震えながら頷く。
「セシリア!セシリア!」
バロン王はセシルを突き飛ばすようにして、立ち上がり、セシルが指で示した窓まで駆け寄っていく。
「あぁ、入っておいで!入っておいで!」
叫びながら、すすり泣く。
「セシリア!さぁ、こっちだよ。お願いだ。私にもその姿を見せておくれ。せめてもう一度!あぁ、セシリア、戻っておいで」
窓を大きく開け、荒れ狂う風雨に身をさらしながらバロン王は亡霊に向かって嘆く。
セシルはあまりにも面喰ってしまって、その場に立ち尽くしてしまった。

その時から、セシリア、セシリア、叫び続けるバロン王の声が耳から離れない。
恐ろしい呪文のように。

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