★泥の河(カイン視点)★

セシルと決別するつもりで籠っていた山岳で、よもやセシルの子供と出会うとは思わなかった。
見るべき景色もない、枯れた山の中で、まばゆいばかりの銀髪が光を反射させていることに驚いた。
遠目に見ても分かる。
一目見た瞬間から蘇ったセシルの面影が、俺にまとわりついて離れない。


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セオドアの姿からセシルを想い浮かべた時、カインは十数年間、苦しんできた今までの修行がまるで無に帰してしまったように思えた。
しかし、何か宿命的なものが自分をセシルに近づけているように思えて、その時は喜びさえ感じてしまった。
セオドアが自分を見上げてくる真っすぐな瞳。
今までに嘘をつくこと、自分や他人をごまかすことなでお思いもしなかったような純粋な瞳はセシルを連想させた。

自分を慕うその青い瞳。
運命とは別のところで、セオドアと接することは快かった。
しかし、セオドアと戦いを重ねていくと、その存在が徐々に脅威になっていくことをカインは思わずにはいられなかった。

セシルに訓練されたであろう、その太刀筋。
息子の訓練に手加減して挑んでいるのであろう。
甘やかされて育ったことが分かるセオドアの剣さばきは危なっかしく、カインが上手に立ち回らないと途端に窮地に陥ってしまうことは明らかだった。

モンスターに攻め込まれ、後ろに跳び下がったセオドアは崖から落ちそうになる。
体勢を崩した時に手を伸ばし、体を支えてやる。
崖から落ちることへの恐怖から救われた安堵。
カインを見るセオドアの瞳の中には、隠し立てすることなく、憧れや好意が浮かんでいた。
昔、同じ様な気持ちを持って、自分はセシルを見つめたものだった。
今ではセシルの子供から、その瞳で見つめられている。

しかし、セオドアの瞳はセシルの瞳ではなかった。
髪の色、面影、体つきはセシルに似ていたが、瞳だけはローザに似ていた。
ローザの瞳で無邪気にほほ笑まれる。
今までセシルの面影を追っていたカインは、ローザの面影に追いつかれ、それに取りつかれたようになった。
カインの一歩前を意気揚々と歩いていくセオドアが、急に思い立ったように振り返る。
何気なくセオドアの後ろ姿を見ていたカインは、突然振り返った青色に驚く。

はにかんだ笑顔。カインの注意を引けたことに純粋に喜ぶ瞳。
ローザが絶対にカインに向けない表情。
一度だって、ローザがこのようにほほ笑んだことがあっただろうか。

打ちのめされた気分のまま戦いをこなしていたカインは、セオドアを陥れるようになった。
百戦錬磨のカインは、セオドアの欠点と、立ち位置からこの戦いがセオドアの不利に働くことを見抜いていた。
そして、それをカバーするには、自分がどう動けばいいのかが手に取るように分かった。
セオドアは戦いに気を取られていて、カインがどこに立っているのかすら見えていない。

モンスターが攻撃に出る。
カインは戦いを支配し、徐々にセオドアが不利になる陣形を取るようになった。
セオドアがケガを負う。
ローザの美しい瞳が歪められ、セシルに似た体から血が吹き出る様子に、カインの心は最初のうち痛んだ。
セオドアの方では、小さなケガを負うことで、自分が成長しているような気になっている。
徐々にエスカレートしていくカインの陰謀。
心が麻痺しだしたカインは、セオドアがどれだけのケガに弱音を吐くのか、見たい想いに駆られていた。
セシルは、仲間をかばって自分が傷を負う。
セオドアはその境地まで達することができるのか。

セシルとローザと、再び戦うようになってからも、セオドアとの師弟関係は続いた。
そして、セシルはカインがセオドアが不利になるように戦うことを見抜いた。
それを知った上で黙っている。

セオドア自身は、カインの思惑に気づくはずもない。
むしろ、過保護な両親よりも、自分のことを想って戦いの辛さを経験させてくれるカインを仰いだ。

血を流すセオドアを見て、カインは嗤った。
飼い犬を、そうとは分からないように虐待するようなものだ。

戦いの中で蜘蛛の糸を張り巡らせるように、陰謀を巡らせる。
しかし、カインは自分の仕掛けた糸にがんじがらめになって、動きが取れなくなってしまった。

傷を負ったセオドアが崖から落ちていく。
セオドアがカインに助けを求めるような瞳を向ける。
ローザの瞳。
それが、切実に自分を求めている。
あれほど恋い焦がれながら、一度も手に入らなかった瞳。
手を伸ばせばすぐに掴める。
しかし、カインの心は強い拒絶に支配された。
何年も熱望の末、すげなく拒否された日々が、セオドアの足が地面を離れる一瞬の間に、カインの頭を駆け巡った。
カインはセオドアに手を伸ばさなかった。

崖から落ちていくセオドア。
セオドアは、カインが故意に自分を助けなかったことを悟った。
そして、わざと遅れて手を差し伸べたカインに非難の瞳を向けた。

その時、カインは取り返しのつかないことをしてしまったことに気がついた。
今までは戯れだったが、この崖の深さは唯では済まされない。
セシルが最も大事にしているものに致命傷を与えてしまう。

カインは崖を飛び降りた。
岩を蹴って加速しながら、セオドアに追いつく。
セオドアの手を取り、その体を抱え込む。
空中で、カインの大きな体に包み込まれたセオドアは、大きな安堵の中にいた。
はやり、カインは自分を助けてくれた。
あれは何かの間違えだったのだ、と。

加速しすぎたカインの体は谷底に叩きつけられる。
竜騎士の命とも言える、足に重傷を負った。
その夥しい血を見て、セオドアは自分のために犠牲になったカインを更に愛するようになった。

セオドアがカインを抱えて、バロンへ帰城する。
セオドアのローザを呼ぶ声に城は乱され、城門は騒然となった。
セシルはカインが大けがを負っていることを知った。
父親がカインを非難するのではないかと恐れたセオドアは、しきりに
「カインさんは悪くないんです」
と叫んで回っていた。
しかし、セオドアの後ろで、セシルに縋りつくような瞳を向けているカインを見て、セシルは悟った。
―今まで、戯れにセオドアと修行していたけど、きっと、カインはやりすぎたんだ―
なぜ、自分の存在はカインをそれまで追い詰めてしまうのだろう。
ローザとの子供。
セシルがカインを非難しないことまでもが、カインを追い詰めることになっている。

セオドアは無邪気にカインを尊敬しながら、ケガが癒えたカインに抱きつき、また修行に出ることを約束してほしいと泣きついている。
今までそうとは知らずに人質の役割を演じるセオドアは、今ではカインを断罪している。

セオドアを抱きながら、カインはセシルの方を見た。
後ろ暗い瞳。
セシルはカインの抱える闇を見た。
セオドアだけはそれに気がつかない。


翌日、カインは自分一人で修行に出た。
セオドアと二人の時は絶対に立ち入らない、試練の山の奥深く。
パーティを組んで切りぬけることが定石となっているこの土地を、カインは一人で歩く。
普段の手加減から解放されて、存分に自分を痛めつける。
高みを目指すのではなく、唯ひたすらに自分を貶めるための戦い。
―これだから、俺はいつまでたっても、自由にはなれない―
自暴自棄な笑みを浮かべながら、カインは再び谷底へと堕ちて行った。

夜半、痛む体を引きずるようにしてバロンへ帰る。
バロンへ帰ることは、セシルの元へ帰るようなものだ。
幼いころはセシルは小さな恋心だったが、今では広大な祖国そのものになっていた。
城門へ這いつくばるようにして戻り、カインはセシルの名前を呼んだ。
暗い海原に溺死していく人間が、灯台に向かって助けを乞うように。

「セシル!セシル!」

カインにとって、遥か遠くに見える灯台は、自分がどこにいようが必ず自分を探り出し、光を当ててくれるものだった。
寝静まった城の中に、動く影があった。
銀色に輝く随分まばゆい影だった。

「カイン」

泥と血にまみれて倒れ伏すカインの元へ、真っ白な夜着を身に付けたセシルが降り立った。
カインはその白さに、眩しそうに目を細めた。
石鹸の香りのする髪を揺らして、カインへ駆け寄る。

「カイン」

何のために、カインがこれほどまで無理な修行に明け暮れたか、セシルは理解していた。
しかし、セシルは何の非難もせずに、ただカインの名前を呼ぶだけだ。
セシルがさしのばした手を、カインが乱暴に掴む。
今まで眠りの中にいた温かな手は、血にまみれた冷たい手で覆われる。

「セシル」

カインの上に屈みこんだセシルを、カインは求める。
急に手を引かれて、セシルも地面に倒れこんだ。
カインはセシルの唇を貪った。
銀色が自分の地で汚れている。

カインはセシルの夜着を引き裂く。
清潔な夜着は泥に汚れて破れたが、そこから現れたのは、シミ一つない真っ白な体だった。
カインは拝むようにセシルの鎖骨に手を這わせた。
夜の冷気にさらされ、胸の突起は固くなっている。
敏感になったところをなでられ、セシルは声を上げた。

事あるごとに自分を崇拝しようとするカインを、セシルは不思議に眺めた。
セシルの方でもカインを痛切に求めていた。
カインの武装を時、そこに手を這わせる。
女のように滑らかな手が、自分自身を握りこんだことにカインは驚いた。
その手はあまりにもあからさまに、卑猥に動いたので、カインは思わずうめいてしまった。

二人は性急に繋がろうとする。
罪の意識なしに、素直に心を開くことはできなかった。
許しを乞いながら、セシルを乱暴に扱う。
セシルの方でも、乱暴にされることで、カインをようやく受け入れられる思いがした。
普段差し向かう時、セシルとカインの間には礼儀や遠慮が立ちはだかり、言葉を交わすことすら躊躇われた。

自分の一番弱い面を闇夜に隠して、求めあっている時だけは、心まで繋がったように思えるのだった。

「あぁっ」

カインの上で足を開き、セシルが悶える。
どこもかしこも真っ白で、罪の欠片もないように見えるその体。
しかし、カインにさらけ出したそこは、ひどく熱く、カインを待望していた。
ひくひくと蠢き、カインを締めつける。
カインを奥へ奥へと誘って、離そうとしない。

「あん、あぁ、あっ」

ひくつくそこを突きあげてやると、セシルは大きく喘ぐ。
ナカはカインの動きに合わせて痙攣する。
啜りあげられるように締めつけられると、カインは達した。
カインを内奥に感じ、セシルも果てる。

大理石のように白かった肌は桜色に染まり、快楽を享受している。
突きあげられ、擦られたそこは赤く色づき、白濁をこぼしている。
まだそこが閉じ切らないうちに、カインはセシルを引き倒し、後ろから貫いた。

「あぁ、カイン、痛い」
いやだと叫びながら、唇から涎をこぼし、善がり狂った。
後ろ出に縛られるように、腕をカインに封じ込められたセシルは、顔を地面に擦りつけながらあえいだ。
白い体は泥にまみれる。

誰が見ているかもわからない、夜の野外で、尻だけ高く差し出す姿勢で、カインに犯される。
屈辱の中にあって初めて、自分で自分を追い詰め、常に罪の意識に苛まれているカインと、同じ場所にいられるように思えた。
セシルはカインから辱めを受けることを望んだ。

何度目かも分からない欲望を受けさせられ、ぐったりと土に身を投げるセシルは、カインから髪を引っ張られ、無理な体勢の中で口付けられる。
カインに舌をからめられながら、最早、これ以上捧げられるものはないようにすら思った。


******************


カインの邸で湯浴みをしながら、セシルはカインの負った傷跡をなぞっていた。
人を傷つけようとする自分を、結局は許せなくて、さらに大きな罪を負おうとする。
そんなカインがいじらしくもあった。

明日からはまた、セオドアとローザの前に、凛とした姿を見せなければならない。
今だけは、立場も忘れて抱き合っていたいと切望するのだった。

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