★たまゆら★

十数年ぶりにカインはバロンへ戻ってきた。
かつての部下が驚いた顔をした後、ようやくお戻りになったんですね、とカインのもとへ駆け寄ってくる。
カインは少し頬笑みを向けた後に、この聖堂へと足を向けた。
現在の国王であるセシルがいる王の間へ、最初に向かうのが筋だとは思ったが、一体どういう顔をして、どんな言葉を言えばいいのか分からなかった。
バロンの聖堂に、思い入れはなかったが、兵学校時代から、事あるごとにここへ整列し祈りをささげる習わしがあったことから、懐かしさがこみ上げるのを抑えるのは難しかった。

かつての様に、マリア像の前に膝をつく。
ステンドグラスから注がれる柔らかな光がカインを照らす。
学生時代は目を閉じたマリアは、厳めしく、人を罰するように思われたが、今こうして眺めてみると、柔らかな笑みを浮かべながら、民を見守っているように思える。
セシルが統治するようになって、このマリアも優しい温かさを得たのかもしれない、とカインは思った。

手を合わせて目を閉じる。
今さら何を祈ればいいのか。
カインは途方に暮れながら、ただ目を閉じていた。
そして目を開いた時に驚いた。
合掌している手がなんと醜いことか。
長い間、試練の山での修業の中で荒れ果てた手。
手の甲にかけて、日に焼けた皮膚はささくれ立った指先に繋がっていた。

―これはまるで、罪人の手だ―

縋るようにマリアを仰ぎ見ようとした時
「カイン!」
セシルの声がカインを呼んだ。
その声は、聖堂の2階から響いてきた。
司祭と国王しか入ることの許されない、神聖な場所。
銀色の鎧にマントをなびかせ、光を浴びたセシルは嬉しそうにカインに駆け寄ってきた。
カインは既視感に襲われた。
―いつもこうして、セシルは一段高いところから、俺を迎えるために降りてくるんだ―
唖然としたように、見上げてくるカインに疑問を持つこともなく、セシルはカインの目の前に立った。
そして膝まづいているカインの手に自らの手を添えた。

褐色の薄汚れた手は、真っ白な、大理石で出来たマリアの手と同じくらい滑らかな手で覆われた。
「おかえり、カイン」
セシルは目に涙を浮かべさえして、そう言った。
カインは咄嗟に反応ができなかった。
「ただいま、・・・セシル」
長い間声を発したことのなかった人が、突然発声した時のように、その声は掠れて、酷く聞き取りにくかった。
しかし、セシルの姿を見て、カインは想像通りのいきさつになったと思っていた。
セシルは問い詰めることもせずに、笑顔で自分を迎えるだろう。
その通りになった。



その夜、セシルはカインの邸へ出向いた。
「カイン、手を出して?」
手にやすりと補強剤を持って。
カインの指をなでながら、
「昔、カインが僕に教えてくれたんだよ」
手入れの仕方、と言って、カインの手にクリームを塗る。



セシルがまだ小さいころ、後ろ盾のないセシルは全てのことを自分一人でやろうと思い、常に孤独の中にいた。
無意識のうちに爪を噛む癖がつき、悩みが深まると指先から血が出てしまうこともあった。
見かねたカインはセシルの手を取った。
ところどころひび割れた爪と手を、カインの手入れの行きとどいた美しい手に取られて、セシルは羞恥を覚えたものだった。

丁寧に爪をやすりにかけ、磨き上げる。
黙々と作業をするカインの伏せた瞳を、セシルは盗み見ていた。
紫色に染められたカインの指先が、今度はセシルに青を塗っている。
仕上がった青い爪を見て、セシルは尋ねた。
「どうして、これを?」
「こうしておけば、もう爪は噛めないだろう?」
そう言ってカインは笑った。
「その青が剥げたら、またここへ来い」
塗りなおしてやるから。


その時から、セシルの爪はいつも青色に染められている。
一人で抱え込むのはよせ、自分を労われるのは自分だけだ、とカインは常にセシルに諭していた。
しかし、今では立場は逆転し、セシルがカインのひび割れた爪を補強している。
子どもの頃は、カインの指の方が、セシルのよりも白かった。
セシルは居たたまれない気持ちになった。
なぜ、光の中を歩いてきたカインが、試練の山へ閉じこもることになってしまったのか。

セシルが好きだったカインの紫を、再び塗りつけた。
カインの流儀に従った丁寧な仕上がり。
指をなでていたセシルは、おもむろにカインの手に口付けた。
「一体、何年、僕が君を待っていたか、わかってる?」
咎めるような瞳でそう呟いてから、ニッコリと笑った。
その一連の動作が、まるでカインに服従しているかのように見えた。
セシルの瞳には、かつてのように深い孤独を浮かんでいた。

目を伏せたセシルの瞳からは涙が零れ落ちた。
その時、カインの独りよがりが、どれほどセシルを苦しめていたのかを理解した。
カインは目の前で肩を震わせているセシルを抱いた。
「すまなかった、セシル」
腕の中にセシルをおさめた時、ようやく祖国へ戻ってきたと感じられたのだった。


★☆★☆★☆★☆★☆


1回1万円のネイルを3週間おきにやると、年間17万円かかる。
ということに気がついて、驚きのあまり小説を書きました。
しかし、爪は体の一部だし。
基本的人権じゃないか?
それなら仕方ないと納得。

[ 17/24 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -