★アカシックレコード★

黒魔道士たちが一列に整列する。
その後ろから赤い翼の隊員が一撃を喰らわせると、黒魔道士たちはあっけなく絶命し、その場に倒れた。
指揮を執るのはカイン。
処刑の指示を出した時、隊員たちは顔をしかめたが、陛下の命令に逆らえるはずはなかったので、しぶしぶ従った。
無抵抗な人々に対する虐殺。
バロン王陛下は、ミシディアでバロンに寝返ろうとする黒魔道士は捕虜として連れ帰り、協力しようとしない者はその場で抹殺するようにと命令した。
軍会議で、今回の指令を部下に伝えたところ、小さなどよめきが起こった。
「陛下は、なぜそんなことを・・・」
驚きと反対を滲ませた声が、カインに問いかける。
「ミシディアの魔道士には先の戦争で手を焼いた。放っておけば、バロンにとって脅威となる・・・」
バロン王が言ったことをそのまま復唱するように、カインが応えた。
兵士となった時にある程度は覚悟していたが、このような陰惨な光景を前にすると流石に気が滅入る。
カインは指揮官。
実行するのはその部下だ。
雑木林へ走って行き、嘔吐する者もいる。
そろそろ終わらせなければ。
見せしめとしては十分すぎるほどの効果を発揮したはずだ。
カインは処刑終了を言い渡した。

夕暮れがせまろうとする頃、バロン軍到着から、重い沈黙の中にいた長老が突然、カイン達を晩餐に招待した。
屋外に設置されたテーブルには葡萄酒が振る舞われ、丸焼きにされた豚、フルーツの盛り合わせなど、即席に作ったとは思えない豪華な料理が拵えられていた。
兵士たちは精神的な疲労を癒そうと、葡萄酒に手を伸ばす。
少数だが、魔道士達の中には抵抗する者もいた。
赤き翼の中にも犠牲者がいる。
それを水に流して欲しいということだろうか。

「あなたが、指揮官のカイン・・・カイン・ハイウィンドですね・・・?」
長老はカインの正面の席に陣取った。
斜視を患っている右目の水晶体が白く濁っている。
「私は、ミシディアの長・・・。大魔道士マーリンが息子」
恭しく挨拶をするが、カインはその瞳の不気味さに思わず視線を反らした。
「して、あなたの父親は・・・?」
しわがれているが、通りの良い声だ。
「なぜ、お前に俺の父親の話をしなくてはならない」
カインはさっさと部下の食糧補給を終わらせ、バロンへ帰りたかった。
「あなたの父親を知らないで、どうして私が誰と話をしているか知ろうというのでしょう」
ミシディアの民は血のつながりに異様に固執していると聞いた。はやい所切り上げてしまおうと思い、カインは父親の名前を告げる。
「リチャード・ハイウィンド・・・!あなたのご尊父もこの地にいらしたことがある。目的は大きく違いましたがな」
父とのやりとりを一つ一つ話して聞かせた。やけに物語りじみた話だ。
長老には虚言癖があるのだろうか。
「お前は自分をマーリンの息子だと言ったな?嘘をつくな。マーリンはバロン王国歴が作られるずっと前に死んでいるはずだ。そうなると、お前は500歳以上ということか・・・?」
ふぇっふぇっふぇ、と喉から絞り出すような声を出して、長老は笑い
「ミシディアには年を数える習慣はないのです。私は90まで数えていたが、今はもう数えてすらいない・・・」
うまいことはぐらかされ、カインは口を閉じた。
「ほら、あなたもお食べなさい。折角バロンのために用意した料理です」
部下たちは、下品にも出された料理を手づかみでがっついている。
カインも葡萄酒に口を付けた。
「バロン王は一体、クリスタルを何に使おうとされているのでしょう・・・」
物思いに沈んだひとり言のような口調で長老が話し続ける。
「お前の知ったことではない・・・」
話をする時、長老はカインの目を凝視する。その気まずい視線に耐えられず、カインはまた目を反らした。
「私の目がそんなに気になりますかな・・・?」
「・・・」
長老は自分について話し始めた。
私はこの目で真実を見たのです。
ミシディアの長老は代々真実の観察者となり、この目を引き継いでいった。
真実を見てそれを封印されると、人間の目はこうなってしまうのです。
もちろん、右目に視力はありません。
あなた方はクリスタルが何のために作られたか、一体何で出来ているのか、ご存じありませんな・・・?
それが私の右目には記憶されているのです。
私の目はあなたの顔を見ることはできない。しかし、運命が見える。
私は私が生まれた瞬間から、死ぬ時、死ぬ場所まで全て記憶しているのです。
長老が話している間、カインは鶏肉のように淡白な味の肉に手を付けていた。
「なんだ、この料理は・・・?」
「カエルですよ。驚かれましたかな。近頃は食料を調達することも難しいのでね」
また喘息の発作のような笑い声が上がる。
カインは長老の話しぶりにイライラしていた。
「お前の大そうな死に場所とは、一体どこなんだ?」
「良ければ案内いたしましょう。この世とあの世の境い目。あなたの見たことも無いくらい美しい場所です」
長老は立ち上がった。
「ビッグス!いつまで食べているんだ。お前も俺と来い」
豚料理に舌鼓を打っていたビックスは、カインの怒声に、口に詰め込んだ食べ物をそのままに直立の姿勢を取った。
「シャベルを持ってこい」
「・・・?はっ!」
ビッグスはわけもわからず、農家に転がるシャベルをひっつかむと、カインに続いた。

長老はまるで、スキップをするかのように険しい山を登って行った。
その姿はまるで森の精霊のようだ。
カインは鎧を着ているにも関わらず、山道に脚を取られそうになる。
「おい、まだか」
疲れに不機嫌になったカインは長老に訪ねる。
「竜の口より生れしもの・・・」
何か呪文のようなものを口ずさんでいる。
大きな岩をひょいと飛び越えて行く。
「バロンに、あの方のご子息様がいらしているそうだな」
「あの方・・・?」
「最近、黒い甲冑を身にまとった魔道士が見えただろう?」
「あぁ、ゴルベーザ様か」
「ゴルベーザ?」
ミシディアからバロンの様子が見えるはずもない。黒い甲冑まで知っていて、なぜ、ゴルベーザという名前を知らないのだろうか。
「まぁ、よい。あの方の子孫だけが、歴史を作る力をもっている」
一体、どのような運命を、この青き星にもたらすのだろうか。
「お前は先程、運命を見たと言っていなかったか?
そのお前になぜ分からないことがある?」
「私が見たのは真実だ。運命を予知する能力などは持っていない」
都合が悪くなると言い逃れをするのか、この老いぼれが、とカインは心の中で毒づく。
「あの魔道士のご尊父が、クリスタルをこの青き星にもたらしたのだ」
ビッグスが汗をかきながら山を登っている。
「そのおかげで、魔法を使えるものが現れ、ミシディアは栄えた」
カインは、人間をカエルや豚に変える魔法があったことを思い浮かべた。
今回の遠征で、バロンからも犠牲者が出た。遺体はまだ確認できていない。
「あの方は、青き星を導こうとされた。私が知るのはそこまでだ。どこへ導くのかは私の知るところではない」
まさか、先程の料理は・・・?カインは蒼褪めながら話を聞いていた。
「それを知るのは、あの方の子孫だけだ」
ゴルベーザは何かを知っているのか。世界の主導権を握ろうとしているのは、バロン王ではない?
長老は足をとめた。
「ここだ。・・・・ここが私の墓だ」
カインは額に浮かんだ汗を拭う。ビックスは荒い呼吸をしながら、大粒の汗をかいている。
長老は涼しい顔をしている。
長く白いローブを羽織っているのに、足場の悪い山道を登ってきたにも関わらず、裾は洗いたてのようだ。
白い山肌に背の高い木が生い茂ったその場所には、何か霊気のようなものが漂っていた。
「ビッグス、ここを掘れ」
「えっ・・・!はい・・・」
疲労困憊のビッグスは突然の命令にうろたえながらも、地面を掘り始めた。
鮮やかな夕焼けが辺りを包んでいる。
カインの目を、何かの反射光が差した。眩しさに目を細める。
「あれはなんだ?」
「あの方の碑文だ」
光源は試練の山だ。山頂に墓のようなものがあると聞いたことがある。
「竜の口よりうまれしもの、天高く舞い上がり、闇と光をかかげ、眠りの地にさらなる約束をもたらさん・・・」
「さっきから何をごちゃごちゃと」
「月は果てしなき光に包まれ・・・」
長い詠唱を終えると、長老は笑った。先ほどとは違う、澄んだ笑い声だった。
「お前はあの方の息子に剣を向けたな。身を焼くほどの劣等感に耐えきれずに。
無駄なことよ。
クリスタルの輝きに嫉妬するようなものだ。
しかし、穴を掘る者が感じたことのないものを感じるだけの感性を持っているようだな。残酷なことだ。
我々青き星の民は、月がもたらす運命の外側を回っているにすぎない。
私は過去を知っているが、未来は知らない。
運命に名を刻まれていないからだ。
先程、私が歌った詩を覚えているか・・・?
一度聞いたくらいでは覚えられぬだろう。
安心しなさい。お前が剣を向けた友人がその碑文を持っているよ。
見せてもらいなさい。美しい詩だ。
奪い取ろうなどと考えるなよ。
そうしようとしても、お前は碑文に触ることもできないだろう。
運命がお前を拒絶する。
どうやら、お前は従う人間を間違えたようだな。お前ほどの教養を持ったものが、何をしている。
せいぜい、友人の邪魔をすることくらいしかできないだろうな。
歴史を作る力があるのは、あの方の子孫だけだ。
この青き星の運命に名を刻まれているのは・・・」
「隊長、終わりました」
カインはビッグスの声に、白昼夢からさまされたように顔を上げた。
「そろそろ時間だのう・・・夕陽が沈んでしまう」
長老は穴の前に立った。
不気味な右目がカインを見つめる。その瞳は笑っているように見える。
カインはおぞましさに、顔をしかめた。
「そいつを射殺しろ」
「隊長・・・しかし・・・」
ビッグスは山登りの後に穴まで掘らされたあげく、何の労いもなくこの命令を受けて不満そうにカインを見る。
カインはビッグスの方を向きもしない。
「お前・・・・俺の墓も見たのか・・・?」
カインは体の震えを必死で抑えつけながら問う。
「あぁ・・・」
「それはどこだ?」
緊張によって、額に汗が浮き出る。
長老は不気味に笑い、見えない右目でカインを見据えた。
答えるつもりはないと、意思表示され、
「撃て」
怒りにまかせて、ビッグスに命じる。
一発の銃声。
長老は穴の中に落ちる。
うつぶせに倒れた頭から血が溢れている。
息絶え、横を向いた顔は、やはり笑っていた。
カインは身震いした。
陽は沈み、遺跡からの反射光はやんでいる。
「ビッグス、穴を埋めろ」
カインはそっけなく命じた。

そして、カインは、次にセシルに会った時、セシルがパラディンとなり、新たな剣を手にしていることを知った。
その剣には果たして、長老の歌った詩が刻まれているのだった。
運命に名を刻まれた者。

青き星の歴史書に記されているもの。
バロン王国の建国神話を学校で学んだ。
しかし、それは人間が貧しい想像力を働かせて作りあげたものでしかないのかもしれない。
もっと大きな力が人間の知らないところで働いていて、国を作らせ、まるで自分たちが創造したとでもいうように、予め定められた文化の中で生活しているのかもしれない。
この話を、カインはローザに語って聞かせた。
いつになく神妙な顔をしているカインの話を、ローザは黙って聞いた。
「あなたがミシディアでそんなことをしていたとは知らなかったわ」
遠征の後、カインの英雄的行動は称えられたが、その中にこのような無辜の虐殺が隠されていたことにローザは驚いた。
「決して褒められたことではないけれど。でも、あなたのこの話を聞いてしまったら、そんな殺人や裏切りなんて、何でもなくなってしまうわ」
カインは黙って頷いた。
「私たちはセシルが取り巻かれている運命に近づくことさえできないのね」
目に涙を浮かべるローザ。
「私、本当のことを言うと、ずっとあなたを憎んでいた。私はセシルのために白魔道士になったけれど、そのセシルを傷つけようとするのだもの」
カインは奥歯を噛みしめるようにして、聞いている。
「私たちはセシルを中心とした運命に、遠巻きにされているだけだったのね」
ローザの瞳から涙が零れる。
「私、これでも精一杯戦ってきたつもりよ。
白魔法の才能なんかなかったけれど、何度も練習して、難しい本を何冊も読んで、習得したわ。
セシルのことを想う女の子にいじわるをしたこともあったわ。
そんなことする必要もなかったのね」
カインも同じことを想っていた。
バロン兵学校での鍛錬の日々。軍の内部での権力争い。
「私はこれでも、自分を誇り高い人間だと思ってきたわ。
でも、私たちは放牧されているのにすぎないのね。
何も知らず、獣同士の姑息で醜い争いをしながら」
ローザは涙を拭った。
「私、それでも、セシルのそばを離れないわ。私は女だから。
セシルと結婚して、ずっとセシルを支えるの」
自暴自棄とも取れるその口調には、決心の強い心が滲みでていた。
「あなたはどうするの・・・?」
「俺は・・・」
カインが口をつむぐ。
「急ぐ必要なんかないわね」
もはや自分たちの決断に何の効力もないことを悟ったローザは、カインを責め立てることをやめた。
「私たちは、同じ網の中に捕らえられた魚なんですもの」

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