★惜しみなく愛は奪う★

ローザはバロン城の塔で、セシルの看病をしていた。
暗黒騎士となってから、セシルには激務と言えるほどの任務が課された。
危険なモンスター退治。戦争と言うよりかは、略奪と言った方がふさわしいような戦い。
セシルの裂けた皮膚にケアルを掛ける。
傷はなかなか塞がらない。暗黒の瘴気が怪我の治療を妨げている。
セシルは少しぼんやりとした顔をして、傷が徐々に塞がって行く様子を見ている。
「セシル、大丈夫なの?無理をしないで」
ローザが心配そうな顔をセシルに向ける。
セシルはいつものように笑顔で応えた。
「大丈夫だ。ありがとう、ローザ。戦いは厳しいけれど、僕にはカインもついていてくれる」
戦いの回数を重ねるうちに、セシルの顔からは精悍さが欠けてきた。
少しやつれた顔で、大丈夫、と言われると、ローザの心配は更に募って行った。
もう戦わないで、そう言おうとした時、突然扉が開き、カインが入ってきた。
「カイン・・・」
セシルは戦友の姿を見つめた。
戦場で唯一頼みになる存在。ローザは二人が向き合う様子を見ていた。
セシルはカインに絶大なる信頼を寄せている。しかし、カインの姿を認めた瞬間、その瞳が曇ったように見えた。
カインはセシルと二人で話したいことがあるようだ、ローザに目配せを飛ばす。
ローザは黙って席を立ち、カインのために場所を空けた。
部屋から出て、扉を閉めようとする。すると、中から会話が聞こえてきた。
「カイン・・・僕は恐ろしい。暗黒の力に支配されてしまいそうになる」
セシルが俯きながら話している。
自分には打ち明けてくれない本音を、セシルはカインにだけ話す。ローザは唇を噛んだ。
「バロンを守るためには戦わねばならん。俺もついてる。まだ、戦えるだろう?」
カインがセシルの頬に手を這わせ、セシルを慰めた。
―私なら、戦わせない。なぜ、カインはセシルを追い詰めるようなまねをするのかしらー
ローザは、カインのやり方が気に食わなかった。
赤い翼を取り仕切ること、陛下の命令に従うこと、騎士としての判断であれば、カインの言っていることは間違えではない。ローザには口出しが出来なかった。

カインの方でも、セシルを戦わせ続けることは、もうこれ以上できないと思い至っていた。
何度も、セシルが戦うことを止めようとした。暗黒騎士になることだって、反対していた。
しかし、セシルはバロン王の言うことにのみ従った。
結局、陛下の一言で、セシルの暗黒騎士任命は決まり、ものの1カ月足らずで、その施術は行われた。
セシルの運命を握っているのはバロン王だった。
いつも、カインはセシルの意識の外に除外されていた。
セシルの瞳の先には常にバロン王陛下がいた。
自分の手を軽々とすり抜け、セシルはどこか自分が辿り着けないところに行ってしまう。
戦場で軍を指揮するセシルの強い瞳。その瞳の輝きは陛下への忠誠のきらめきだった。
セシルにこれだけ慕われているバロン王。そう考えると、王が羨ましく、憎くもあった。
しかし、セシルの信頼に王が応える気があるのか。セシルに過酷な任務を与え、セシルを徒に消耗させている陛下の命令に、カインは怒りを覚えていた。
任務に出る時以外、セシルは寝たきりと言っていいほど、衰弱していた。
これほどまでに体を痛めつけられてさえ、セシルの瞳は陛下の方を向いていた。
カインと話す時、セシルはあきらめにも似た表情を向けていたのだ。
自分の命はもう持たない。バロンを指揮していくのは、カインだ。瞳を向けられる度に、そう言われている気がしてならなかった。
セシルとの隔たり。王陛下がいる限り、セシルが生きている限り、永久に埋まらない隔たり。
どう足掻いても、セシルの瞳を自分に惹きつけることはできなかった。セシルの心を手に入れることができない。
セシルと共に戦う中で、カインは痛感していた。

セシルが自分の手の届かない、向こう側へ行ってしまう。
毎日を焦燥のうちに過ごした。
しかし、その絶望的な焦燥感の中に、カインは一つの願望を見出した。
セシルの死を、最も間近で見届ける者は自分でならねばならない。
その光景は、バロン王の目にも触れさせない。俺の目の届かないところで、死ぬなど許さない・・・!
セシルを暗黒から救い出す心算はカインにはなかった。
歴代の暗黒騎士たちも、最後は暗黒に意識を飲み込まれ、狂気のうちに死んでいった。
セシルも恐らく同じ運命を辿るのだろう。
それを見届ける。それが自分の役割だ。

セシルに優しい声で暗示を掛ける。
「大丈夫だ。まだ、戦える」
セシルはまどろんだような目をして、それを聞いていた。カインの言葉を信じてでもいるかのように。その言葉を聞き、眠りに付き、また戦場へ出て行く。
ローザはカインのこの魔法のように響く言葉を、恨みを込めた眼差しで見つめていた。
カインはローザの言わんとしていることを理解していた。
なぜ、セシルを追い詰めるような言葉を吐くのか。ローザの瞳はカインに問いかけていた。
カインは冷笑を持って迎えた。自分の心を理解できるものなど、存在しないのだ。


ファブールの城で、セシルと対峙する。
グングニルを持ち、敵対するカイン見た時、ローザの怒りは頂点に達した。
「カイン!あなた、やっぱりセシルを陥れようとしていたのね!」
親友同士だと思っていた二人。カインが執拗にセシルを追い込んで行く様子はローザにとって不可解だった。
セシルを衰弱させたのは、クリスタルを狙ってのことだったのね、とローザは思っていた。

立っているのもやっとなセシルと、カインは対面した。
恐らく、セシルが騎士と名乗っていられるのもこれが最後だ。
ゴルベーザの操る、魂のない人形兵に殺されるのが関の山。そんな人形に殺されるくらいなら、いっそ。
俺が殺してやる!
俺が本気でセシルに槍を向けることで、セシルは初めて俺を見るのだ。
セシルにとって、今までの俺はバロン王に忠誠を誓うセシルと同じ一兵卒でしかなかった。
しかし、殺意を向けられて、初めて、セシルは俺自身の存在を認識する。
バロン国も、王も全く関係ない、俺という存在を認識する。
そして、そこで死ぬのだ。
セシルの心はついに手に入らなかった。しかし、最後に、その瞳を俺に向けてさえくれれば。

槍がセシルに突き刺さる。
セシルは倒れ込んだ。
ローザが駆け寄る。

「どうしてなの、カイン!セシルはあなただけを頼りに戦っていたのよ」
ローザはその場に倒れ込みながら叫び声を上げた。
「あんな辛い戦いを生き抜いて。あんな辛い!それなのに、あなたはセシルを・・・!」
顔を覆って泣き出した。
「セシルがもう持たないことは前々から分かっていた。だから、いっそのこと、俺の手で・・・」
その言葉を聞いた時、ローザは憤然とカインを睨みつけた。
「そんな身勝手が許されると思っているの!?」
「ローザだって、セシルが助からないことは分かっていただろう!」
ローザははっと息をのんだ。

「・・・カイ・・・ン」
セシルが口元から血を吐きながら、呻くように呟いた。
「セシル・・・!」
カインはセシルの体を抱きしめた。
「カイン・・・」
セシルの瞳はカインを映し続けた。もう話すこともできない。
「どうせ死ぬんだ。死ぬなら俺の腕の中で死ね!」
カインが力いっぱいセシルを抱く。
セシルは最後に、笑みを浮かべた。穏やかな表情。
暗黒騎士となってから、セシルは無邪気に笑うことはなかった。
セシルは頬笑みながら瞳を閉じた。
カインはセシルの亡骸を抱き続けた。

ローザはその奇跡の様なセシルの笑顔を目に焼き付けていた。
セシルにとっての幸福。それは一体何だったのだろう。
暗黒に意識を乗っ取られるよりかは、カインに殺された方が・・・?
自分が習得した白魔法も、セシルを救うには至らなかった。セシルにとって、そんな慰めは必要なかった。
そう思うと、カインの激情とも言える、厳しい刃での攻撃の方が、救いであったのかもしれない。
「なんて、穏やかな顔。これがセシルにとっての幸福だったのかしら。セシルはあちらの世界では穏やかに目覚められるかしら」

「苦しんで目覚めればいいんだ!セシルは天国になんぞ行くものか」
カインが叫びを上げる。
「そうだ。セシルは俺が殺したんだ。殺された人間は殺した人間に憑くものなんだ。過去の幽霊たちはこの地上をさまよっているじゃないか。セシル!この俺にとり憑いてみろ!」
カインがセシルを責め立てるように掻き抱く。
「どんな姿でもいい。いつでも傍にいてくれ」
セシルの髪に顔を埋めながら、カインは叫んだ。

カインの悲嘆。その哮るような声が、ローザの耳から離れない。


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変奏曲と嵐が丘を精力的にパクる
長編2は本当はこういう話になる予定でした。

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