未確認的彼氏。(三)






 二十一時五分前。あたしはかすかな物音に気が付いて、カーテンの隙間から外を見た。
 窓の開いた龍流の部屋。ちょうどその真下に影が走る。
 それを確かめて、あたしは溜め息を付きながらコートを手にした。
 そうっと窓を開けて、枝伝いに下へ。―――龍流がしたように。
 
 あたしが下に着いたとき、もう龍流の姿は消えていた。
 行き先はわかってる。家から歩いて五分くらいの所に在る、天見神社。
 きっとそこで、理一くんが龍流を待っているはず。
 あの時、理一くんが龍流に言ったこと、あたし、ちゃあんと聞いてたもんね。
『今晩九時、天見神社』
 理一くんがすれ違いざまそうささやいて、龍流が頷いたのを。
 思うに、最後の勝負ってヤツを付けるために、呼び出したんだわ。
 あたしに気付かれないように言ったって事は、バレたくなかったんだろうな。
 でも、でもでもっ。
 気付いたからには見て見ぬフリなんか出来ないのよ!
 それに止める者がいないと、ぶっ倒れるまでやってるだろうし。
 ああ、なんて面倒な幼なじみ達なのッッ。
 ぜいはあと息を弾ませ、あたしが神社に着いた時には、すでに二人は睨み合っていた。
 何か言い合ってるみたいだけど、ここじゃ良く聞こえない……。
 そう思って場所を変えようと、そろそろ動き出した瞬間。
 不意に後ろから肩を叩かれた。
「!! !? ……」
「しっ。静かにしなさいよ、市瀬さん」
 悲鳴を上げそうになったあたしの口を、素早く塞いでそう言ったのは隣のクラスの……えーと誰だっけ。図書室でいつも見る子。
「きっと来ると思ってたわ。ちょっと話があるの。いいかしら」
「え、でもあの二人止めなきゃ……」
 って言ってるのにその隣のクラスの誰かさん――ああ、思い出した香川さんだ――は、龍流達から少し離れた所まであたしを引っ張っていった。
 そしたらばなんと、十人くらいの女の子達がそこにいるじゃないか。
 しかもみんな知った顔。
 …………イヤな予感。
 この子達、みんな龍流のファンの子じゃないかしら……?
 図書室であたしを睨んだ子もいる。
 これはヤハリ。
「単刀直入に言うけど。市瀬さん、二ノ宮くんと、どういう関係?」
 あたしを引っ張ってきた香川さんが切り出した。
 ひ―――っ、やっぱりっっ。
 いつの間にやら周りを囲まれている。逃げ場がない。
「……みなさんご存知の通り、幼なじみでお隣さん……」
 ぼそぼそとそう言ったんだけど、香川さん、その他の子達はそんなことで納得してくれなかった。
「そんなこと知ってるわ! あたし達が言ってるのは、付き合ってるのかどうかってことよっ」
 ひーん。そんなこと言われたってさあっ。
「付き合ってないなら龍流くんの周りうろちょろするのやめなさいよっ」
 一人があたしの髪を引っ張る。
 ちょっと何すんのっ。
「あんたがいるせいで、龍流くんと仲良く出来ないのよ」
 それは自分に問題があるんじゃぁ。
 もう一人がドンとあたしの胸を押してくる。
 それを皮切りに、みんながあたしを小突いたり叩いたり、もうめちゃくちゃ。
 何考えてんのよこいつら――――ッッ。
 いくら温厚なあたしでも、こう的外れな嫉妬を向けられたんじゃ、切れるわよ。
「いい加減にしてよっっ!」
 怒鳴って、あたしの髪を掴んでいた子をひっぱたく。
 その場がしんとなった。
 いつもおとなしいあたしが、反撃してくるなんて思ってもみなかったんだろう。
 けっ。そんなもん知ったことかよっ。
「あのねえ、あんたたちっ。はっきり言って纏わり付いてんのは龍流のほうだし、龍流とあたしが付き合ってようがいまいがそんなこと関係ないでしょっっ!? あいつが好きなら本人にそう言ったらっっ?」
 一気に言って、あたしは息を付く。
 女の子達はしばらく呆然としていたけれど、我に返ったらしい一人が叫んだ。
「なによっ……、ちょっと可愛いからっていい気になって! 龍流くんも理一くんも、あんたなんかのどこがいいのかわかんないわっっ」
 はあ?
 ちょっと待ってよ、龍流はともかく、どうしてここに理一くんが出てくるわけ?
「そうよっ。大体あの二人がケンカするのだって市瀬さんが原因だし!」
 ええ?
 あたしの所為ってどういうことだ。
「これ見よがしに長く髪なんか伸ばして! なによ、こんな髪っっ…」
 髪は関係ないでしょぉぉ!?
「いたっ!」
 強く髪を引っ張られる。げ。何でナイフなんか持ってんのよっ。
「ちょっとやめ……! なにすんのっ!!」
 暴れるあたしを数人が押さえる。
 まさか髪を切るつもり?
 やめてよ、ここまで伸ばすのにどれくらいかかったと思ってんの!? それに、それに龍流が……。
 ナイフが光る。駄目、切られる……!
 ぎゅっとあたしは目をつむった。
 次の瞬間、ざくりという髪を切る音が……あれ?
 しない?
 不思議に思って目を開けると。
「たつ……」
 騒ぎを聞きつけて来たのか、龍流があたしを背に庇ってそこにいた。
 そして右手に握られているナイフ。
 あたしの髪が切られるのを止めようとしたんだろう、刃のほうを握っている。
 ぼたぼた落ちる、血。
 みんなの目前に落ちる、深紅。
 ナイフを持っていた子が、青い顔でその場にへたり込む。
「龍流……!」
「水鳥、大丈夫か」
 龍流はナイフから手を離した。
 カラン、という音が響く。
 うう、大丈夫じゃないのはあんたの手よー。
 半泣きのあたしに怪我がないのを確かめてから、龍流は周りにいた女の子達を見据えた。
「君達には君達の言い分があるだろうけど、こういうのは卑劣だと思う」
 静かにそう言った。
 龍流、本気で怒ってる……女の子達もそれがわかったのか、しゅんとして、泣き出す子もいた。
「今度水鳥に手を出したら、女の子でも容赦しないよ。いいね」
 それだけ言って、側に立っていた理一くんを振り返った。
「リーチ。これでもまだ宇宙人だって言うか?」
 血が流れる右手を見せて、皮肉気に笑う。
 理一くんは、頭を振った。
 あたしを見て、静かな笑みを浮かべ、もう一度龍流に視線を戻す。
 それから一言。
「任せた」
 ……どういう意味だろう?

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