未確認的彼氏。(二)






「もうっ! どうしてそう仲が悪いのっ? 理一くんだってあたしと同じ幼なじみじゃないのっ」
「リーチは気に食わない。向こうだってそう思ってる、きっと」
 帰り道、ぷんすか怒るあたしを気にもかけず、しれっとして龍流が言う。
 き―――――っ、あたし龍流のそーゆーとこキライだわっっ。
「僕は水鳥の短気なとこも鈍感なとこも、みんなひっくるめて好きだよ」
 …………。
「有難う、と言っておくわ。かなり引っかかるものが有るけどね」
 何か言い返してやろうと思ったけれど、口で龍流に勝てないのはわかってるので無駄な抵抗は止めることにした。
「頭脳明晰、眉目秀麗、生徒会長も務め、人気もある僕に、リーチが競えるのって運動くらいしかないだろ」
 ……自分で言うか? 普通。おい。
 あたしの冷めた目付きに気付かず、龍流はそのまま続ける。
「何と言っても、奴は一番勝ちたいことで一生勝てそうにもないからね」
「……なによ?」
 きょとんとするあたしに、龍流は意味有り気な微笑いを返した。
 あのねえ、龍流。その笑い方、どう見ても小学生には見えないよ。こんな歳のうちから陰険な微笑が似合ってどうするの。
「あ」
 家の近くまで来た時、あたしはふと思いついた。
「何? 水鳥」
「理一くんが龍流に勝てるもの、一つあったわ」
 そうよそう。あるじゃない。ふふふふふ。
 ニヤニヤするあたしを、気持ち悪そうに龍流は眺めて。
「……何だよ、それ」
「性格の良さ」
 言った途端、嫌そうな顔をした。
 てことは、自覚してるのね。自分の性格の悪さ。


「ねえ、水鳥ちゃん。二ノ宮くんてホントに人間なの?」
 仲良しの芽衣ちゃんに、至極真面目にそう聞かれて、あたしは眼を点にした。
 何をイキナリ。しかも着替え中にそんなことを訊かないで欲しい。
「……あれが人間以外の何に見えるの? 芽衣ちゃん」
「うーん、そういうことじゃなくて……ほら、二ノ宮くんて何でも出来るじゃない。勉強だってスポーツだって」
 こっくり頷く。なんたって、自分で頭脳明晰だとか言うくらい自信が有るんだもんね。
「だからね、……私が言ったんじゃないよ、男子が言ってたんだけど、……二ノ宮くん、宇宙人じゃないかって……」
 ………はあ?
「宇宙人? 龍流が??」
 なんてB級ホラー。龍流が。宇宙人。こりゃ大笑いだ。
 と、思ったのが顔に出たらしい。
 芽衣ちゃんはぷうと頬を膨らまして、拗ねたように言った。
「だってリーチくんが言ってたんだもん」
「……理一くんが? なんて?」
「ミドリ……二ノ宮くんの瞳が、時々碧に光るって……」
 ぴたとあたしはジャージを畳む手を止めた。
 龍流の瞳が、碧に。
「水鳥ちゃんは見たことない?」
「あるわよ。だって龍流、クォーターだもの。普段は普通に黒く見えるけど、光の加減とかで碧に見える時があるの」
 なんだあ、と芽衣ちゃんはつまらなさそうに納得した。なーに、芽衣ちゃんは龍流が人間じゃないほうが良かったの?
「そーゆーワケじゃないけどお」
 クラスメイトが宇宙人だったなんて、ちょっとマンガみたいじゃない? と悪戯っぽく、芽衣ちゃんは笑った。


 昼休み、そのことを龍流に言うと、
「ああ、それなら僕も田山達に言われたよ。水鳥と同じように説明したけど」
「みんなどうしても龍流のこと、宇宙人か何かにしたいみたいね」
「暇だなあ」
 他人事のように言って、くすくす笑う。
 脳天気ね、龍流。楽しんでるでしょう、結構。
「ま、あと一ヶ月ないもんな、理一とケンカするのも」
「……え? 何で。卒業するって言っても、うちエスカレーター式だし、関係ないじゃない」
 龍流の言葉にあたしがそう言うと、びっくりしたみたいにこちらを見て。
「水鳥、知らなかったのか? リーチ引っ越すんだよ、九州に」
「……初耳」
 ええ? そうなの? 理一くん引っ越しちゃうんだ……。
「淋しくなるなぁ……」
 ポツリと私が呟いた瞬間、龍流の眉がギュッと寄せられる。
 な、なによお、自分だって今、ちょっと淋しそうにしてたじゃない。いっつもケンカしてるくせに。
「水鳥には僕がいるだろ」
 言って、ぐいと髪を引っ張る。しまった。今日は体育があったから、髪を三つ編みにしたままだった。これじゃ龍流にわざわざ掴まれやすい髪形をしてるようなものだ。
 面白がって龍流はあたしのおさげをぐいぐい引っ張ってくる。
「いたっ。いたいってば、ハゲるでしょお、龍流っ。やめてよもーっっ」
 幼稚園児じゃないんだからねっ。


「水鳥ちゃん」
 読んでいた本から顔を上げて、あたしは声の主を見る。見なくてもわかってたけど。
「理一くん」
「今日は龍流のやつ、いないんだ? いつも一緒なのに」
 きょろきょろと辺りを見回して、あたしの隣にすとんと座る。
「うん。卒業式の打ち合わせだって。大変だよね、元生徒会長も」
 くすっと笑ってあたしは本を閉じた。
 いつもの図書室、いつもの席に座ってる。ただ、あたしの隣には龍流がいない。
 卒業式に答辞を読むことになって、打ち合わせに行ってるのだ。
 龍流がいたら、また睨み合いになる所だったから、良かった。
 二人が顔を合わせるといつもケンカになるもんだから、あたしと理一くん、最近ゆっくり話してないんだよね。
 同じクラスなのに久しぶりに会うような気がする理一君を見て、あたしはそんなことを思った。
「理一くん、卒業式の後引っ越すんだって? 残念だな」
「ああ、うん……。龍流から聞いた?」
 こくりと頷く。
「全然知らなかったよ。龍流に聞くまで」
「言う機会がなかったから……水鳥ちゃんの傍、いつも龍流がいるし」
 そっか言う前にケンカになっちゃうんだ、しょーがないなぁ、もう。
「幼稚園の頃はよく三人で遊んだのにね。いつの間にか二人とも、仲悪くなってたから」
 いつからだっけ。4年の時はもうケンカばっかりしてたから……3年生の頃?
 そういえば、仲が悪くなった原因って何だったっけ? 龍流に聞いてもにやりと笑うだけで答えてくれないし……理一くんなら教えてくれるかな?
 聞いてみようと、あたしが口を開きかけた時、理一くんが、いつもと違うすごく真剣な顔であたしを見た。
「水鳥ちゃん。信じてもらえないかもしれないけど、俺見たんだ」
 何を? 首を傾げる。
「龍流が怪我をした時、チラッとだけど、確かに見たんだ。……あいつの血、碧色だった……」
 …………え?
 一瞬、何を言ってるのか理解できなくて、まじまじと理一くんの顔を見つめてしまう。
 それが信じていないように見えたのか、理一くんはムキになって言った。
「本当だよ。俺、そんな嘘はつかない」
「……疑ってるわけじゃなくて……、でも……」
 信じろって言うほうが無理だわ、と曖昧に微笑う。
 龍流の血が碧だった、他のひとがそんなことを言ったのなら「何ゆってんの」と笑い飛ばすところだけど、幼なじみの理一くん相手だとそうもいかない。
「信じてくれない? やっぱり水鳥ちゃんも龍流のほうを信じる?」
 ええと。どっちを信じるとか、そういう問題じゃないと……思うんだけど。
 再び理一くんが何か言いかけた時、打ち合わせが終わったらしい龍流がやってくる。
 ゆえにこの話はここでお開き。
「水鳥、帰るよ」
 目の前の理一くんを完全無視してあたしを呼ぶ。
「またね」と席を立った理一くんは、龍流とすれ違うとき何事かをささやいた。


 
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