花と彼のそこへ至る顛末。(五)

「花さんは今、大学の何年生?」
「三回生です」

見合いっていうのは笑っちゃうけど、お食事とこの薔薇園は一見の価値がある、と綾の質問に花は上の空で答える。

「学生妻っていうのもいいですね。うちにはお手伝いさんもいますから、家事のことは心配しなくてもいいですよ」

 待て待て待て、聞き流しているうちに何だか話をまとめようとしていないか!

「ってか、綾さん結婚したくない人だったんじゃないんですか。なに乗り気発言しちゃってるんですかっ」

「それは相手が花さんですから」

にこりと甘い微笑みを浮かべてそんなことを言われても、花は不審しか感じられない。
疑わしげに自分を見つめる彼女に、綾はますます楽しそうに目を細めた。

「覚えてますか? 初めてお会いした時に、花さん僕に、“気の毒な顔してるね”って言ったんですよ」

 …………言ったよ、言ったともさ!
 失礼なお子様で大変申し訳ございませんでしたー!


母の稽古につれられた花は、最初は母たちが花枝をいじり回している様子を面白そうに見ていたが、そこは子どものこと。すぐに飽きて、皆が目を離した隙に庭先へ迷い出たのだ。

一般的な家庭に生まれた花は、その家のような古く大きなお屋敷や、ぐるりと家を囲むように広い庭も見たことがなかった。
年期のいった和風建築物に、時代劇だ! などとワクワクしながら庭へ突撃し――案の定、どこから来たのかわからなくなった。

だが、迷子になっても図太かった花は、外には出てないはずだからそのうち誰かが探してくれるだろうと、思う存分見知らぬ場所を探検することにした。

花は“花”という名前もあってか、植物は好きだった。
しかし、母たちがしているようにあっちこっち切り落として針山に挿された花より、こうして地面に植えられているもののほうが良い、と偉そうに思っていた。

そうして、あちらこちらに計算され配置された花々を追いかけ歩いているうちに、鯉が泳ぐ池を見つけ、嬉々として駆け出し――「危ないよ」、という穏やかな声に抱き止められたのだった。

「危なくないよ、気をつけるもん」と生意気にも言い返し、自分を止めた人物を見上げた瞬間、ポカンと口を開けた。

 お姉ちゃんがオッカケしているアイドルよりキラキラなやつだ……!

そして美人だと人気な女優よりべっぴんさんだ、と続けて思った花は、柔らかな微笑みをたたえているその男の人に、同情のまなざしを向ける。

「お兄ちゃん、気の毒な顔してるねぇ……」

不法にも自宅の庭を我が物顔でちょろちょろしていた子どもに、突然そんなことを言われた彼は、一瞬目を瞬き――吹き出した。

「どうしてそう思うんですか?」

自惚れではなく、彼はたいがいの他人が見惚れる容姿をしていることを自覚していたので、正反対のことを言う子どもに興味を覚えた。

花は遠慮なく上から下までじっくり彼を観察し、うん、ともう一度頷いて理由を述べる。

「そんだけ綺麗な顔だと、いろいろうっとうしくない? うちのクラスの中宮は伊藤より美少女で、シンパにイビられたり野郎に好きな子いじめされたりして大変そうなんだ。――男子なのに」

しみじみ呟かれ、彼は肩を震わせる。
覚えがないとは言わない。
好意を寄せられるのと同じくらい悪意を持たれることもあるし、だいたい、彼にとってはありがた迷惑な好意のほうが多かったりするのだ。

だが、それをこんなに小さな子どもにハッキリ言われるとは思わなかった。

こちらを見て頬を染めたりもじもじせずに、好奇心のままジロジロ観察してくる正直な瞳も、興味深い。

「……お祖母さまの、生徒さん…には少し年が足りないですね。生徒さんのお連れさんかな……?」

そのうち誰かが探しにくるだろう、と花と似たような結論に達した彼は、もう少しその子どもとの会話を楽しむことにした。




 

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