flowery flower
* MARGUERITE
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「犯人はッ、誰だああああああ――――ッッ!!」
止める間もなく伊万里が校内へと走り出すのを、俺は茫然と見送るしかなかった。
遅れてやってきた風圧が、辺りに散っていたちいさな白い花びらを舞い上がらせ、再びハラハラと地に落とす。
昨日まで、花壇の一角を占めていた白い花の花弁。
それがすべて茎半ばで摘み取られ、かつ辺りに花びらをむしられた姿で散らばっていた。
無惨に。
綺麗だよな! と誇らしげに嬉しげに笑っていた、伊万里の笑顔が目の前をちらつく。
茫然自失から戻ってきた俺は、ぼんやりしている場合じゃないと踵を返し後を追った。
全学年の教室に殴り込みをかけ、犯人探しをしていた伊万里を捕まえた時には、すでにうちのクラスと六年を残すのみとなっていて。
いきり立つ伊万里を宥め、なんとか言い聞かせ、先に教室に入った。
犯人は、うちの組の生徒だと見当をつけていたから。
「みんなごめんね? ちょっと話を聴いてくれるかな」
ざわついていたクラスメイトたちが、教壇に上がった俺を訝しげに見る。伊万里は腕を組み、扉にもたれて皆を眺めている。いつでも飛びかかれるように――って、君はどうしてそう沸点が低いんだ。
「え〜、つい先ほど、俺と松原さんが世話をしている花壇が、荒らされているのを発見しました。心当たりのあるものは速やかに申し出てください」
キョトンとするもの、眉をしかめるもの、面白そうにするもの、驚くもの、そして、
――目を泳がせるもの。
「お・ま・え・ら・かァ――!!!」
わずかに後ろめたげに視線を外した女の子たちを見咎めて、伊万里が掴みかかる。予想していた俺はすかさず首根っこをひっつかんだ。
「離せ椿ぃいいっ、コノウラミハラサデオクベキカーーー!」
ジタバタする伊万里を羽交い締めにしつつ、女の子たちに笑みを向ける。
伊万里の怒りに不満そうにしていた彼女たちは、俺のその態度に味方を得たと思ったのか、何故か得意そうにして。
――何を勘違いしてるんだか。
「君たちがやったんだね。じゃあ、先生のところへ行こうか」
「センセに突き出すなんてナマヌルイこと言ってんじゃねえよ! 離せオレが成敗してくれるわー!」
伊万里の勢いに、萎れるどころかムッとして。
小学生のくせに色気付いているヤツら、と伊万里が毒づいていたのを聞いたことがある。その彼女たちは、開き直ることにしたらしい。
リーダー格らしい子が、挑戦的に俺が抑えている伊万里をねめつけた。
「バッカじゃないの、花を摘んだくらいで」
「そーよ、だいたいうちのクラスの花壇なんだから、あたしたちにだって好きにする権利があるんじゃないの」
「まるで自分たちだけのものみたいに」
「委員だからって、独り占めはズルいんじゃないの」
「別にいいじゃない、花なんていっぱい咲いてるんだから」
数の力を借りてか、勢いづいてぴーぴーとやかましい。
ジタバタしていた伊万里が動きを止めてそろそろとこちらを窺い見るのが分かったけれど無視して、いっそうニッコリと微笑みをつくった。
ん? どうしたの伊万里、なんで逃げようとしてるの?
大丈夫だよちゃんとこの子たちに―――思い知らせてあげるから。
「欲しかったんなら言ってくれれば良かったのに。でも、どうして摘んだだけじゃなくて花びらを千切ったりしたのかな?」
あくまでも穏やかに訊ねる俺に安心したのか、羞じらうように隣の者とつつき合い、やっぱりリーダー格の子が口を切った。
「花占い、してたの」
「ちょっと、やり過ぎたかな、と思ったんだけど、止まらなくて」
「何か、反対のことばっかり出るし――」
「引っ込みがつかなくなっちゃったの」
クスクスと笑い合って、何のアピールなんだか上目使いに俺を見る。
お前らアホか、と脱力した伊万里が呟いた。
本当にね。
スキ、キライ、スキ、キライ。
マーガレットの花びらで恋占いをする、自分たちが可愛らしいとでも思っているのか。
それにしても丸裸にするくらい、キライになるってことは――
「ずいぶんたくさんキラわれてるんだね。花も困っちゃっただろうな……可哀想に」
さざめくような彼女たちのクスクス笑いがピタリと止まる。
ようやく、俺の様子に気付いたらしい。
――気持ちを表に出せないほど、怒り狂っているということに――。
「お、落ち着け椿、こいつらアホなだけだからな? アホに説教してもしょうがないだろ? えーとなんだ、う、馬のあしにねんぶつ? てゆか落ち着けええぇっ」
耳だよ伊万里。
抱きついてくれるのは嬉しいけれど、皆のいないところの方がいいな。うん、あとでね。
この勘違いしてる馬鹿共に道理を言い聞かせてからね。
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「あんときゃあ大変だったなー……」
くるり、と指先に摘まんだマーガレットを回して、呟く。どこか遠い目になりつつ、貰ったミニブーケをグラスに活け直しながら。
「笑顔大魔神の容赦ない理路整然とした罵りにあいつら泣き出すし、野郎共は面白がって囃し立てるし、センセはオレに丸投げするし、以後お前だけはキレさせるなという不文律がうちのクラスから全校生徒に広がって……」
食後のコーヒーを手ずから淹れてくれていた椿が苦笑して振り返る。
「ええ? 大袈裟だなぁ、ちょっと注意しただけでしょ」
そりゃ甘やかされてたあの子たちにとってはキツかったかもしれないけど。
ケロリとそんなことを言う。
あれのどこが注意だ。
「ごめんなさいって泣いて改心したヤツらに、更ににっこりトドメの一言……」
「俺なにか言った?」
覚えてないのかよ!
“―ごめんなさい、植え直すの手伝うから、
―ちゃんと散らかした花も片付けに――”
“いいよ、反省してわかってくれたのなら。
――命を大事にしないひとに植物に触れてほしくないし。あっという間に枯れてしまいそうだもの”
その場にいた全員が凍りつく音が聞こえたぞ。
笑顔だっただけに、軽くトラウマだろう、あれ。
「あのあとどんだけ私が苦労してフォローしたと思ってる」
「お人好しだね伊万里は。あれだけ怒ってたくせに」
椿のあのえげつない怒り方見てたら冷めたんだよ。
普段温厚なやつほど怒らせるとヤバイと、よい経験になりました。
「そういや、なんでうちのクラスの奴が犯人だってわかったんだ?」
「ああ、俺たちより遅くに教室に残ってた奴がいたのは覚えてたから。翌日一番早く登校したのは俺だったし、それで――」
教室に入るときに、わずかに花びらが落ちていたのを見つけていたのだと。
「そのときはまさかあんなことになってるとは思ってなかったから、拾い上げて捨ててたんだ。
だからすぐに、うちのクラスの誰かだとわかったんだけど伊万里は話も聞かないで暴走するし」
悪かったな。
最終的に大暴走かましたのは椿のほうだぞ。
「――あの頃にはもう、引っ越すことが決まってたから。思い出にしようと、伊万里と二人で作り上げたのに、ってキレちゃったんだよ」
ふふ、と照れくさそうに笑う昔の同級生。
――あの花壇は、先生に許可を貰って椿と二人で植えるものを決めて、造ったものだった。
私たちが世話をしていたから、あいつらはクラスの花壇だと思ったんだろうけど。
真ん中にマーガレット。それを囲むようにパンジーを色とりどりに揃えて。ところどころに勿忘草をアクセントにして――。
「せっかく初の共同作業だったのにさ」
唇を尖らせて拗ねるように言う、今は恋人である椿を、頬を染めながらバカ、と睨んだ。
* マーガレットの花言葉 *
〜恋を占う
〜真実の愛
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