〜熱量(一)
  
 私に初めて恋人が出来たのは、恥ずかしながら大学の時で。
 サークルの先輩で、話が合って、仲良くなって、付き合い出して、まあこんなものかなと初体験も済ませ、一年半ほど経った頃、自分に対する熱が感じられない、と彼が言って、別れることになった。
 その後もう一人、同級生と付き合ったけど、似たり寄ったりな事を言われて、また別れた。
 どうも私は恋愛に淡白らしい。
 四六時中相手の事を考えて、行動して、なんて私には出来ないし、したくない。
 お互いに、自分の生き方を確立してしっかり立っていてこそ、相手を大切に出来るんじゃないかなと思うんだけど。
 若い頃なら、恋をしているそのこと自体に夢中になってもいいかもしれない。でも、大人になればそうはいかない現実。
 生きてかなきゃならないし。社会人としての立場だってあるし。ぶっちゃけ、自分のことと仕事のこと、及び生徒のこと、私はそれでイッパイイッパイなのだ。この上男のことなど考えてはいられない。……そこがダメなのかしら。
 公私のバランスをとって、恋愛も仕事も楽しんでいる人を尊敬いたします、本当。
 だから、恋愛のスタンスが似たような藤岡くんとは上手く行くと思ってた。燃え上がるものはなくても友愛はあるから。親友時代が長かったし。
 ……まあ、彼のほうが別に情熱を見つけてしまったから、結局、駄目だったんだけどね。
 そして今、私がこんな状況でいるのも、恋愛に対して熱が足りなかったせいかもと、何となく思う。
 だから、流されているのかもしれない。
 求める事をしなかった私に、求める事を教えるかのように、彼は私を抱く。
 思えば、無理矢理にでもこんなに強く求められた事は、なかった。
 今までの恋人達に覚えなかった熱が、生まれるまで。
 あとわずか。
 

  ***********
 

「茅乃ちゃんに突・撃ーー!! 新しい男が出来たというのは事実ですかっ」

 天ぷらうどんをすすっていた私は吹きそうになった。
 マイクを差し出し、言葉通り突撃してきたのは報道部のリポーターである生徒。ワイドショー並の学園ゴシップを担当する子達だ。

「……何の話なの」

 女教師としての威厳をかろうじて保った私は、そ知らぬふりで聞き返す。
 ズズイと近付いた彼は、しらばっくれちゃいけませんゼとばかりに、追及の手を休めない。

「藤岡先生とは別れたんですよね?」
「……まぁね」

 生徒が教師の恋愛事情を知っているのはどうなんだろうと今更思いつつ、否定しても無駄だし、うなずく。

「それでは、そちらの薬指に輝くモノは一体どなたからいただかれたのでしょう!」

 示された指に光る、ピンクダイヤとルビー、プラチナゴールドの………、り〜じ〜ちょ〜う〜〜!
 そりゃ不審に思われるわよ! 教師の安月給で買える物じゃないもの。しかも薬指て……!
 雇主である古賀暁臣理事長に、どういった訳だか強引に抱かれて一夜を過ごした後、何故だか薬指に噛み痕を付けられ、彼が誤魔化す手段に選んだのがコレ――指輪で隠しちゃえ!(いやこんな口調じゃなかったけど)
 ……余計に目立つわー!!
 しかも私のサイズよりわずかに小さく作られているらしく、無理矢理填められた後はどうやっても抜けないのだ。呪いの指輪か。
 行くとこ行けば切って貰えるのは知ってるけど、値段(推測するにン十万……)を考えると恐ろしくて出来ない。
 そうこうしてるうちに――コレだ。

「これはですね、預かりモノです。うっかり填めたら抜けなくなったので、外せるまで預かってるの」

 無理は承知でそう説明すると、案の定納得してない視線が寄越される。

「……まあソレは置いといて、だって最近茅乃ちゃんキレイになったと評判ですよ? 肌もツヤツヤしてるし、何か女らしくなったし、服の趣味も変わったでしょ?」

 キレイ?
 ツヤツヤ?
 女らしく?
 何のことだ。
 服の趣味は確かに私ではなく理事長の趣味だが、有無を言わせない状況で着用を強要(あ、韻ふんじゃった)されているので、好きで着ているわけじゃない……と、言い切れないのが悔しい。
 どれも素敵で結局気に入って着用してるんだから。
 答えるに答えられず悩んでいると、横合いから女子が会話に混ざってくる。

「そうそう、それ気になってたの〜! 茅乃ちゃんが最近着てるのって、KIYO/SAGARAブランドでしょ?

 商品数少なくて手に入れるの大変なのに、茅乃ちゃん新作ばかり着てるんだもん、何かコネあるの?」
 コネあるなら紹介して〜、とばかりに瞳をキラキラさせた彼女から目をそらす。
 ブランド名すら今初めて知った私に聞かないで。
 さらに混ざる生徒達に囲まれ、私は一刻も早く逃れる為にうどんをすする。学食に来るんじゃなかった。

「この間、女優の木崎詩歌がコレと色違い着てたよ〜。あっちは可愛い系だったけど、茅乃ちゃんだと大人っぽいよね。十二万するんだからやっぱりコネ入手だよね?」
「はぁ!? 十二万ッ??」

 無視無視を決め込んでいた私は耳に入ったとんでもない数字に、つい声をあげてしまった。

「K/Sにしては安いほう……て、何で茅乃ちゃん知らないの」

 それは、自分で買った訳ではないからです。
 口ごもる私。沈黙が辺りを支配する。

「………」
「………」
「………プレゼント?」
「服を贈るってコトは、やっぱり……」
 
「―――オトコだ!!」
 
 聞き耳を立てていた周りの生徒達までもが叫び、怒涛の追及が始まる前に私はダッシュでその場を後にした。
 
 
 くそ、ツユを飲み干す間もなかったぜ、もったいない……!
 うぅ、理事長め。いくら自分が金持ちだからって、金を使い過ぎるのはどうなの。
 説教してもどこ吹く風だし。ただの愛人にすぎない女に金かけて物を与えて……あ? 愛人だから物を与えるのかな?
 いやでも、そもそも私が理事長に弄ばれる事になったのは、金品とかの問題じゃなくて、弱味を握られた、から。
 口止め替わりに、彼に抱かれてるのよね? 私に物を与えてどーするの、あの人。
 てゆうか、何で私だったんだろ?
 彼ならいくらでも相手はいるでしょーに。十人並みの私でなく、美女がたくさん。
 ……弱味があるから、好きに出来るし?
 時間ができる度に監禁まがいにホテルに連れ込んでも、文句を言えない立場だし?(言ってるけど)
 そうは言っても、メリットデメリットで言うなら、デメリットの方が、大きい。
 普通恋愛ならまだしも、私は彼に脅されて関係を持っている。それが世間一般に公になるとどうなるか――なんて、
考えてない訳がない。地位がある人なんだから。
 理事長の、言葉や態度の端々で、もしかしたら、と思う時はある。
 でも、なら、何故言わないのかわからないし、と言って、私から聞くのも何だか違うし。もしそうだとしても、どうなる訳でもない。
 彼はそのうち立場にふさわしい人と一緒になるんだろうし、その時になって、みじめな思いをするのは嫌。ていうかあの人と一緒になるのは色々大変そうだから、真っ平ゴメン。
 
 嫌いじゃないけど愛してもいない。
 身体は重ねても心は添わない。
 学校と、逢い引き場所であるホテル以外では会わない。
 その距離を保ちさえすれば、大丈夫。
 と、思ってたのに―――
 
 
 学園ゴシップレポーターに突撃された日から、私は常に誰かの視線を感じるようになった。
 一挙一動を観察されている。ええい、あのぷちパパラッチ共め。
 ひとつ安心なのは、しばらく理事長が海外出張でこっちに来れないって言ってたことだ。あの人、場所を考えず襲ってくるから、
万が一ソレが奴らに見付かったら……ぶるぶる。海外出張から帰られて、連絡取れるようになったら注意しなきゃね。
 数週間後にはテストも始まるから、生徒たちの熱も冷めるだろうし。
 そうそう、久しぶりに監禁されずに済む週末なんだから、溜めていた本でも読もう。
 昨日から仕込んでおいたオデンも味が染みて食べ頃になっているんだ。
 ウキウキいじきたない喜びに浸りながら、帰宅しようと英科準備室の扉に鍵をかけ――、

「楠木先生、」
「ぎぃやあぁぁあッ!?」

 ――聴こえるはずのない声が聴こえて私は奇声をあげた。
 ドアにへばりつき、恐る恐る振り向くと。片手にコートを抱え、今、外から戻ったばかりという様子の、

「……理事長ぅうっ?」

 何でいるの――!!
 おののく私を不思議そうに見つめた後、彼は好青年スマイルを浮かべこちらへやって来る。
 ヤバいヤバいヤバい―――!!!
 廊下の角にヒョコっと頭を出すパパラッチ共がッ!
 背を向けている彼は、ガキ、もとい生徒たちに気付かず、普段のように話しかけてくる。

「すみません、驚かせましたか? 戻りました、たぶんまだ学校に茅乃さんが居ると思って……」
「まあ理事長、出張から戻られた足で学園の様子を見に? 熱心ですのね!」

 ワザとらしい高い声で私は理事長の言葉を遮った。当然、彼は怪訝な顔。

「……? 茅乃さ……」
「コラァ! テメェら、下校時刻は過ぎてるっつーの! 張り込み終りにしてとっとと帰れぇぇ!!」

 理事長が余計な事を言う前に、こちらを伺っていた生徒を一喝。第三者が居ることに気付いた彼は、理解したのか口をつぐんだ。

「やべ、茅乃ちゃんがキレたぞ」
「逃げろッ!」

 ドタバタと失礼なことを言い交わしながら遠ざかる足音を確かめ、

「じゃ、理事長、私は学園パパラッチを指導してから帰宅しますので。また来週!」

 有無を言わせず、呆気に取られている彼の脇をすり抜ける。
 脱兔の如く駆け出して、ついでに先を走る奴らに追い迫り、教育的指導を忘れずに。ったく、余計な汗掻かせるんじゃないっつうの。
 さすがに、いつものように有無を言わせず拉致るのはマズイと理事長も思ったのか、後を追われることもなかった。
 一時的なものにせよ、とりあえず、逃げ切った……。
 

 無駄に疲れ果て、やっとの思いで自宅に帰り着いた私は、帰宅中鳴り続いていた携帯をしぶしぶ鞄から取り出す。

「……もしもし……」
[茅乃さん。やっと出てくれましたね]

 やわらかい声音だが、私には今理事長がどんな顔をしているか大体想像がつく。ニッコリしているにも関わらず、冷気が漂いそうな笑顔だ。……怖。

「……あのですね、アレにはどうしよーもない事情が」
[それは、貴女の後をつけていた報道部の生徒達に関係あります?]
「……は? 後って……っ、あんのガキども!」

 理事長の言葉の意味に気付き、私が口汚く唸ると、彼がクスクス笑う。

[大丈夫、今は居ませんよ。少し前に茅乃さんの帰宅を確かめて帰ったようです」
「家にまで……」

 私はガクリと肩を落とした。もっと他にする事はないのかあの馬鹿共、どうしてくれよう。
 ………ん?
 ―今は?
 ―帰宅を確かめて?
 ―少し前に帰った?
 何故それを理事長が、怪訝に感じた瞬間を狙ったように、通話口の気配が動いた。
 間を置かず、直接聞こえてくるインターホンの呼び出し音と、携帯越しに聞こえる微かな同じ音………。
 確実に、非常に、嫌な予感。

[茅乃さん? 出て下さいね?]

 耳元で、クスリ、笑う声。
 のそのそと足を引きずり、玄関へ。
 窓を覗く必要もなく、ドアを開け、思った通りに居た人物に、ため息。

「改めて、ただいま帰りました。茅乃さん」

 完璧な微笑みに、ヘラリとひきつった笑みを返して。

「……オカエリナサイ、理事長……」

 私のダラダラ週末よ、
 さらば……。
 
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