(二)
 
 何だか、すっごい違和感。
 私の1LDKの部屋に、お高そうなスーツを着た古賀暁臣氏。ずーたいデカイから部屋が狭く感じる……。
 キョロキョロと、もの珍しげに部屋を観察している彼を横目で見つつ、私は夕食のオデンを温め中。
 ……何故だ。
 何故に私ん家で夕食食べる事になっちゃってるの? オデンにこだわった私が悪いの?
 だってあのままいつものように拉致られたら、駄目になっちゃうし。いくら冬って言っても、ねぇ?

「理事長、日本酒召し上がります? 冷やですけど」

 てゆーか私が呑むつもりで冷やしてたんだけどさ。

「茅乃さんがいただかれるなら」

 慣れない雰囲気なのか、理事長は少しおとなしい。
 確かにね、理事長の交友範囲に、こんな庶民丸出し生活してる人はいないでしょーよ。
 フフン、いつもとは逆の立場ね。マゴマゴするがよいわ。

「……茅乃さんのお部屋は和風なんですね」
「意外ですか? まぁ、学校に近くて安いところ探してて、それがココだっただけですけど」

 どうせ和室ならと、とことんこだわってインテリアも和モノ。あぁ、だから余計に理事長が違和感あるのかな? このクォーターめ。

「お口に合わなくても文句なしですよ」

 オデンの入った土鍋を、何故か高揚の面持ちで覗き込む理事長に警告。
 不味いものを作ったつもりはないけど、彼が普段食べているであろう料理とは掛け離れていることは確かだし。
 ……まさか食べたことないなんて言わないわよね?

「美味しそうですね。いただきます」

 こういうのは久しぶりです、と嬉しそうに言う理事長に嘘はない。いちいち美味しいですと言うのに、もういいですよと返しながらも、複雑な気分だった。
 だって、ねえ?
 自宅で手料理(しかもオデン)なんて、まるで気心知れた仲みたいで。ちょっと気まずい。
 やっぱり家に上げたのは失敗だったかなぁ……。
 
 
「学園パパラッチ、ですか?」

 夕食を食べ終えて、一息付いた頃、私はどうして逃げたかの説明を理事長にしていた。

「言葉は悪いですけど。今、私の交遊関係に目を付けられて、狙われてるんですよね。テスト前に暇な子たちだわ」

 一体何故、と首を傾げる理事長を叩きたくなった。
 贈られた服や抜けない呪いの指輪の事をぐちぐち言いつのると、「みなさん鋭いですね」と可笑しそうに。

「他人事みたいに……、そうでした、もう服を買うのは禁止です! 無駄遣いしない!」
「ああ……そうそう、茅乃さんにお土産が」

 と、持って来ていた紙袋を引き寄せる。
 言ってる傍からこのひとは……!

「受け取りませんよ! タンスの肥やしはもう充分……」

 目の前に差し出された、数冊の少しくたびれたペーパーバックを見て、拒否しようとした私の勢いは止まる。
 荒いタッチの表紙イラスト、その表面に刻まれたタイトルに、見覚えがあった。
 な。ななな。

「確か以前に、探してたけど見つからなくてと仰ってましたよね。友人が持っていたので譲って貰ったのですが」

 うそ! ホントに?
 遠慮も何もなしに、ぶんどるように受け取ってしまう。

「お貸りしていいんですかっ?」
「いえ、古本で申し訳ありませんが、差し上げます。……よかった、喜んで頂けて」

 本を抱きしめてコクコク頷く。
 理事長がお土産として私に渡した物は、学生の頃ハマった外国のファンタジー小説。
 シリーズ一冊目が翻訳されたきり、続きは出なくて。こうなったらと原書を取り扱い書店で注文したは良いけれど、最終数巻が在庫なし絶版で、続きを諦めていたものなのだ。
 この小説が読みたくて英語を勉強し、結果的に英語教師になった。そのキッカケとも言えるエピソードを、いつだったか理事長に話した覚えがある。まだ彼と関係を持つ前のことだ。なのに、覚えていたのかしら。
 十年越しの再会に、私の顔は笑み崩れた。贅沢な話、いつも与えられる服や装飾品より、数十倍嬉しい。

「有難うございます、理事長」

 さっそく拝見しようと手に取り、しかし即取り返される。
 何するのだと睨み付けると、目元を朱く染めた理事長の熱っぽい視線が絡む。

「……その顔は反則でしょう、茅乃さん……」

 今日は茅乃さんのお家だから遠慮しようと思っていたのに、などと言いつつ、理事長は私を引き寄せ身体の下に抱き込んだ。
 ちょ、またっ!?
 またですかーッ!!
 何がスイッチかわからない男だなもぅ!

「んんっ……」

 いつもより急に、激しく唇を奪われ。意識せず開いた口腔へ舌がねじ込まれ、掻き回されて、喘ぐ。
 住み慣れた自分の部屋に響く音がやけに恥ずかしい。
 え、て事は……するの?! ここで!?

「ゃっ、ぅ、待っ……ぁ、」

 インナーとニットを捲り上げられ、ブラまでずり上げられて露になった胸を揉まれる。痛いくらいのそれに快感ばかり覚えてしまうのは、自宅という場所のせいなのか、行為にすっかり慣れてしまったからか。
 キスされ胸を揉まれているだけでビクビクと身体が跳ねて、下の蜜が溢れるのがわかった。
 うう、やだやだやだ、何でこんな恥ずかしいの……!

「っぅ……ふ、――んんっ?!」

 ズルリとジーンズごと下着を脱がされそうになり、慌てて抗う。
 それが気に入らなかったのか、唇を軽く噛まれて、離された。治まりきらない嵐を秘めた灰色の瞳が、息を荒くしている私を撫でた。

「……、茅乃さんの寝室は?」

 他の部屋などひとつしかない。
 私の答えを聞くまでもなく、襖を開けて隣室を覗いた理事長は「和布団ですか」と誰に言う訳でなく呟く。そのまま中へ踏み込んで。
 聞こえる音から察するに布団を出して敷いているような……。無駄だと知りつつも、力の抜けた身体を起こして脱がされかけた服を直し――、

「どうせ脱ぐのに何してるんですか」

 戻って来た理事長に捕まって、抱え上げられた。運ばれたのは、もちろん私の布団の上。
 あああああ、
 やっぱりヤだ!
 ここじゃヤだ!
 リアルに恥ずかしい!

「何だか布団って新鮮ですね?」

 私の羞恥に気付いているのかいないのか(ゼッタイ気付いてる!)、彼は妖しい笑みでジタバタする私を押さえ付け、手際良く服を剥がして行く。

「もうトロトロじゃないですか…」
「や、ぁ……」

 スッと手を入れられ、指先でソコを広げられると勝手に溢れる蜜の感覚が、更に私の羞恥を煽った。

「茅乃さん……? ヒクついてますよ? ……そんなに欲しいんですか」

 意地悪なささやきと同時に、チュ、と音を立てて理事長が下に顔を埋める。

「ひぁ、やっ……、ふぁ、っ!」

 高い声が出そうになって、慌てて口を塞ぎ、首を振った。

「茅乃さん?」
「……となりっ…聞こえちゃ……、」

 安普請なの! 普通に生活する音も洩れ聴こえるくらいなんだから!

「じゃあそのまま我慢してて下さい」

 ――――ッ!?
 ピチャリ、と殊更いやらしい音を立て、下部を舐められ、舌先で溢れるものを掬い取られて含まれる。
 指よりも滑らかでやわらかい舌が敏感な粒に触れたり、中に差し入れられたりする度に身をよじり、漏れそうになる声を必死に抑える私に向けられる、愉しそうな彼の笑み。

「……〜〜っ!! っふぅ、ん〜ッ……!」

 変態! この変態ッ!
 ――だけどそうされて感じてる私も私。熱を孕んだグレイの瞳で見つめられて、もっと身体が熱くなる。
 こんな熱、誰にも持ったことなんてなかったのに。身体の奥が疼いて誰かを求めることも。
 ふっと吐き出された息にも、感じて震える私に、苦笑めいたささやきで彼が尋ねた。

「……一度イっておきますか?」

 答えられずにいると、別にどちらでも良かったのか、結局のところ行為は進められて。膨れて姿を現した花芯を吸い立てて、ナカへ入れた指で弱いポイントを強く擦られた。

「ッァ、ゃ、あァッ……!」

 一気に押し上げられて、声を我慢することも出来なかった。
 更には、私が落ち着くのを待たずに彼が侵入ってくる。

「んぅ……ッ、や、も……まだ……っ」
「生徒達の言った事は当たってますね……? 我慢出来ないくらい綺麗だ……茅乃さん……」

 熱に浮かされた譫言(うわごと)のように急いてささやかれる言葉も、ろくに耳に入ってこない。
 強く内側を支配されて、喉を激しく喘がせた。

「ッハ、ぁ……んん、あっぁ、やぁあっ、あぁんっ」

 両腕を頭の横でそれぞれ絡め取られて、腰の動きだけで追い詰められる。
 スプリングの効いたベッドじゃないせいか、揺さぶられる力の逃げ場がなく、まともに身体にぶつけられる快楽が私をおかしくする。
 繋がったところから押し寄せる快感に、まだ足りないものがあって、もどかしくて、身をよじった。
 坂道を転がり落ちるように、それしか考えられなくなる―――足りない。まだ。もっと。
 ――ホシイ。

「ぁ、んあ、ゃ、……っぁん、胸もぉ、……触っ、て……」
「っ……、どうして貴女は時々そう――ッ」

 理事長が何を言いたかったのかは、わからなかった。
 突き上げが激しくなって、望み通り胸に加えられた愛撫に、意識が飛びそうになり、鳴き声を上げ、腰を振ることさえしたような気がする。

「ぁん、ァア、っふ……ぁぁんっ!」
「今までの恋人にも、そんな顔を見せていたんですか?」
「っんん、な、いっ……」

 だって、こんなにされたことなかったもの。
 おかしくなってもいいから、欲しい、と思うことなんて―― 一度もない。
 理事長の肩越しに見える、薄汚れた自分の部屋の天井が、羞恥を呼んで。自分のプライベート内で、こういうコトをしているのに罪悪感を覚えて、またそれが快楽に繋がって。
 乱れる。

「っふぁぅ、んあっ……ああ!」

 どんな痴態も見逃さないとばかりにじっと見ている彼の瞳に、私の中の女が悦んで震える。
 彼に抱かれるようになってから、怖いくらいに自分が女という生き物だと知った。
 恋人という肩書きを持っていた今までの男達には教えられなかったこと。

「っは、ぁん、ん、んーーっ……」
「、ん……」

 ギュウゥと締め付けた後、彼の熱も弾けて、胎内を満たすソレに、すっかり慣れてしまった私。
 この先どうなるのかなんて、考えることを放棄して、やさしいくちづけを受けながら、抱き締められて、とろりと眠気が落ちてきた。
 腕の中、目を閉じ、誘われるまま、眠りにつく。
 その温かさに慣れてしまっては駄目なのに。
 
 耳の奥、私の名前を呼びながら流し込まれる情に、いつの間にか何かを変えられていることを、私はまだ気付いていない。
 強く求められることもなかったから、強く求めることもなく。
 だけど、病のようなその熱情を与えられたときから、始まっていた。
 

 逃げられない その檻のなかで、
 脱け出せない 迷路の夢を見る――――

 
(2010.09/15改)
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