お義姉さまと呼びたいの
 

 下調べはバッチリ。
 誰かに話せば邪魔されることわかってるから一人で来たの。
 電車に乗るのなんて久しぶりだったから、切符買うのに30分かかって駅員さんにも迷惑かけちゃったけど、誰も見てないから平気平気。

 携帯のナビで目的地まで、すぐ。
 時間も計算していたから、待ち伏せもバッチリバッチリ。

 すれ違うブレザー服の男の子たちとか、リボンタイの女の子たちからチラチラ見られていたけれど、そりゃ姉妹校とはいえ他校の生徒がウロウロしてれば気になるわよね。
 気にしない気にしない。

 わたしの通う女子校の時代がかった校舎より、ずっと近代的な門の前で少し待つ。
 もうここまで来たら直接連絡取ってもいいかな。
 そう思って携帯のアドレスを呼び出していると、校門から待ちかねた人が出てきた。

 やた、ラッキー!

「茅乃さぁ〜んっ!」

 ブンブン手を振って、視線を向けさせる。
 少し首を傾げて、辺りを見回す風にしたあと、彼女はこちらに気づいてくれた。

「――朔耶ちゃん」

 にこり、と微笑んで、わたしが駆け寄るのを待ってくれたから、うれしくなって抱きついた。
 細身に見えて、スタイルがいいんです、茅乃さんてば。いいなぁ、朔耶も大人になればフカフカになるかなぁ。

「どうしたの? なにか急な用事だった? 廉くんは一緒じゃないの?」
「うん、廉ちゃんはお仕事だよ。茅乃さんとお話ししたくて、朔耶一人で来ちゃったの。ダメだった?」

 そう言って見上げると、連絡してくれれば良かったのに、と怒る風でもなく軽く笑って頭を撫でてくれた。

 彼女は兄の恋人だ。
 つまり、わたしのお義姉さんになるひと。
 近い親戚には男しかいなかったから、お姉さんてのに憧れてた朔耶は会ってすぐに彼女のことが好きになった。
 ああ、もうひとりの兄の恋人もいるけれど、うん、夕翡ちゃんはお姉さんって言うより、アレだから、うん。

 わたしが茅乃さんが好きな一番の理由は、“古賀暁臣の妹”でも、“古賀グループの令嬢”でもなく、古賀朔耶という個人として、ちゃんとわたしを見てくれたからだと思う。
 お兄ちゃんもそうじゃないかな?

 今までお兄ちゃんが性欲処理に使っていた、外形は極上で中身はガッカリな女たちとは違って、ちゃんと芯のある素敵な人。
 学校の先生だからかいつも格好は地味だけど、清潔感とかほのかに見える女らしさだとか、華美にするのが美人の条件じゃないよねって彼女を知って理解したの。

 あのヘタレで見かけばっかりカッコつけのお兄ちゃんが、メロメロになっても仕方ないってものよ。

 茅乃さんとお付き合いするようになって、お兄ちゃんはずいぶん変わったと思う。
 茅乃さんの言動に振り回されてて、見ているわたしたちはものすごく楽しい。

 今までお兄ちゃんが素のお兄ちゃんでいられる相手なんて、害獣(レオのバカ)くらいだったけど、茅乃さんといるときはさらに油断していて、ちょっとホッとするんだ。

 すました作り笑いの下に、誰といてもつまんなさそうな気持ちを持っていた頃とは、違うお兄ちゃん。
 一度、茅乃さんに逃げられたときは平気な顔して全然平気じゃなくて、どうしようかと思ったもの。
 廉ちゃんは「二人のことだからあまり口出しするのは」なんてわかったようなこと言ったけど、誰かがまとめなきゃあのヘタレ兄はどうしようもなかったと朔耶は思うの。

 茅乃さんが消えたときの話を聞いたときには、怒りのあまり奴の城へ突撃しそうになったけど、結果的にお兄ちゃんは茅乃さんを捕まえることが出来たし、害獣(レオのバカ)もたまには役に立つ。

「朔耶ちゃん、私これから人と会う約束があるんだけど、」
「ええっ」

 せっかく来たのにぃ!
 まさか、お兄ちゃんじゃないよね?
 今日は仕事がつまってて夜中まで帰れないだろうって、廉ちゃんにも確認取ったのにー!

 ショックで思わず涙目になる。
 だって、このチャンスを逃すとまたお兄ちゃんに邪魔されて茅乃さんとお話しできないんだもの……!

 茅乃さんの腕を掴んだまま、ぷるぷるしていると、苦笑した茅乃さんは首を傾げて訊ねてきた。

「たぶん朔耶ちゃんも知らない相手じゃないから、一緒に来る?」
「いいの?! ……ご迷惑じゃないかなぁ?」

 大丈夫でしょ、と微笑んだ茅乃さんの腕に掴まり直して、えへと笑った。

 早く彼女を堂々と、お義姉さんと呼べる日が来るように、お兄ちゃんには頑張ってほしいと思うのよ。


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