graduation
 
 三年間を過ごした部室へ、彼女たちは最後の挨拶に訪れた。

 今日は卒業式。

 式も終わり、クラスメイトたちとの別れも済ませ、帰宅するだけとなった彼女たちは、各々の道へ進む前にと、教室よりも愛着のあるここへやって来たのだ。

「さみしいね」
「もうちょっと、居たかったなぁ」
「茅乃ちゃん呼んで、写真撮ろー?」

 慣れ親しんだ部室の机や椅子、脚本が並んだ本棚を撫で、しんみりしていると、軽いノックと共に、ドアが開けられ、

「卒業、おめでとうございます」

 そう言って顔を覗かせたのは、彼女たちがよく知る青年理事長。

「理事長先生!」
「ありがとうございますぅ」
「茅乃ちゃん先生こっち来てないですよー?」

「ええ、了解しています。君たちに用事があったんですよ」

 ニコリと微笑んだ暁臣は、脇に抱えていたファイルから人数分の封筒を取り出し、彼女たちに手渡してゆく。

「卒業祝いというのもおかしいですが、受け取ってもらえますか」

 娘たちは顔を見合わせた。

『ヒイキはいけないんだからぁ』、と心の中で白天使が囁くものの、『だって理事長殿下からだし。ヘーキヘーキ! ナイショにしておけばいいんだよぉ!』とニヤリ笑いの黒天使がGOサイン。

 同時に封を開ける。

「……飛行機のー、チケット?」
「あ! ウワサの城ホテルの宿泊券だ!?」
「と………………」

 ヒュッと誰かが息を吸い込んだ。みんなだったかもしれない。

「けっ!」
「こん!!」
「招待状おおあああああ!!!」

 吸い込んだ息は吐き出すだけ。その勢いで、彼女たちは声を上げた。

 封筒は白地に金の縁取り、中のカードも同じ色彩の用紙と文字、そこには理事の名と彼女たちの顧問である茅乃の名が記されている。

「諸事情ありまして、式は海外で挙げることになったんです。職場関係の披露宴を日本で済ませ、式自体は家族と近親、よほど親しい友人だけとなったので。都合がつけば、教え子の君たちにも是非出席してほしいと」

 知らないところでとてもお世話になっていたようですし――
 何者をも騙くらかす笑顔を浮かべ、暁臣は招待状を前に興奮している娘たちを促した。

「式はゴールデンウィークの予定なのですが、どうでしょう?」
 そんなもの、決まっている。

「何としてでも出席いたします!」

 異口同音に叫んだ彼女たちの頭の中では、春休み中のアルバイト予定や大学に入ってからゴールデンウィークまでの計画が恐るべきスピードで立てられていた。

 冬休み前に、仲がこじれていたツンデレ顧問と理事長殿下。
 あれほどこっちをハラハラワクワクさせておいて、休み明けには既に収まるところに収まっていて、ずっと経緯を見守っていた自分たちをガッカリさせたのは記憶に新しい。

 何故、見ていないところでまとまるのかと……!

 何がどうなったの、と茅乃を問い詰めても遠い目ではぐらかされるだけで、不満がたまっていた。
 付き合ってるんでしょ? を不本意そうに肯定し、いつ結婚するの? には泳ぐ目が返ってきただけだったのだ。
 ゴールデンウィークに結婚、ということは、あの時もう話は決まっていたはずなのに。

 黙ってるなんてヒドイじゃん、今度こそ見逃してなるものか……!

 ココロを一つにした娘っ子たちは、封筒を卒業証書よりも大事に胸に抱きしめ、暁臣に晴れやかな笑顔を見せた。

「ご結婚おめでとうございます、理事長先生!」
「茅乃ちゃん先生、幸せにしてくださいね!」
「泣かせたらただじゃおきませんからー!」

「ええ、もちろんです」

 頼もしい元生徒たちの言葉に、暁臣は裏なく微笑む。
 満足そうに去っていった理事を見送り、彼女たちは招待状をかざし、乾杯の仕草を真似た。

「よっしゃああああ!」
「ケッコンだよー! 我らが茅乃ちゃんも年貢の納め時だー!」
「こうしちゃいらんない! 準備しなきゃ!」
「後輩たち、どうする? まさか式を挙げるまで茅乃ちゃん黙ってるつもりじゃないよね?」
「ありうる……。そうでも、あたしたちが祝わんで、誰が祝うっつうの!」
「カラオケ屋の送別会、ちょうど良いから企もうか!」
「よし、茅乃ちゃんに言ってた時間より早めに集まろう! 連絡入れとく!」

 春は別れの季節でもあるが、始まりの季節でもある。
 先程までの切なさはどこへやら、卒業証書を振り回しながら彼女たちは意気揚々と学園を後にした。


end.
('11/03/02 メルマガ小話)
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