(二)
「理事長っ! やめて下さ……」
「“暁臣”と呼んで下さい、と言いましたよ」

 反射的に閉じようとする私の脚を膝で割りながら、ブラの中に掌を滑りこませて強く揉んでくる。
 遠慮のない、強引さで。

「やっ、いや! ……や、痛ぁッ……!」

 身をよじって逃げようとすると、指先でふくらみの粒を捻られ、痛みに悲鳴をあげた。
 滲む瞳で理事長を睨みつける。

「……煽るだけですよ、そんな瞳をして……」

 何かを堪えるような表情で、彼はまた私にくちづけた。
 ダメ。
 この人のキス、訳がわからなくなる……!

「――ンんー…ッ、……は、……ゃう……ダメッ、いやぁあッ!」

 クチ、と音を立てて彼の指先が秘所に触れる。首を振って、それを拒む。
 だけど理事長は許してくれなかった。
 長い指がグッと奥まで差し込まれる。息を飲む。
 キスや身体に加えられた愛撫で、そこは私の意思を無視して濡れていたけれど、まだ、充分じゃなかった。指を動かされる度にピリピリと痛みが走る。
 生理的な涙が滲んできて、他人に好きに身体を弄られていること、抵抗できないどころか、反応している自分が信じられなくて、更に涙が溢れた。

「〜〜〜っ……、ゃだあっ……」
「……あまり抱かれていなかったようですね? キツイ……」
「ッ! なっ、ばかヘンタイ! はなしてよぉっ」

 確かにそれは事実だが、こんな真似をしている人にわざわざ言われたくない。
 涙目で悪態をつく私に、理事長はクスリと笑って、指を増やしてくる。

「あぅ……ッ! やめ……ッぁん! ゃっ、あ」

 弱い場所を探り出され身体が跳ねた。
 グチュグチュとイヤらしい音が耳に入って、執拗に掻き回される感覚が、身体のあちこちを舐め吸われる刺激が、私の頭をオカシクする。

「凄い……熱く蠢いてますよ……? 欲しいって、言ってるんですか……」
「ゃ……はぁッ、も、やめてぇっ……いや、やあッ」

 言葉でも辱しめられて泣きじゃくりながら声を上げた。
 こんなの。
 おかしい。
 理事長の部屋といえども、ここは職場なのに。
 恋人でもない男に触れられて、今までにないくらい昂っている自分が信じられなかった。
 指が抜かれる。
 は、と安堵の息を吐く間もなく、指よりも狂暴なものが押し付けられた。
 それが何かだなんて、考える必要もない。

「ッンぁあッ! いっ……あぁ、ぃや、いやぁ――ッ!」
「っ……ッは、茅乃、さん…ッ」

 ギシギシと身体を軋ませ、乱暴なまでに大きなモノが内側に侵入ってくる。
 熱くて、強くて、容赦ない――男が。
 厭だ、と拒む私の言葉は意味を成さず、空(くう)に散った。
 身体の奥まで深く埋められる強(こわ)い物に、堪えていた何かが決壊する。

「理事、長……っ理事長、やめて、抜いてっ、イヤ、嫌ぁ!」
「それこそ、イヤ、です」
「い――ぁっ、ゃあ、んっ」

 貫いたあと、彼は直ぐに動き出すようなことはしなかった。
 慣らすようにゆるゆると、浅く内側を擦って、直接ナカにほどこされるやわらかな愛撫に、意図しない甘い声が勝手に漏れる。
 それが嫌で、ギュッと唇を噛むと、ついばむようなキスで咎められた。
 繋がった部分から漏れる淫らな水音が、理性を狂わせてゆく。
 手が自由ならば、この熱を多少は逃がすことも出来たのに、どこにもすがりつけず、翻弄されるままになってしまう。
 どうして。

「茅乃さん、素敵ですよ……、我慢、しないで」
「っふ、あァ……ッ、っはあ、ゃだぁ、ぁ、ど……してぇ……っ」

 睦言を流し込みながら、彼の舌が耳朶を噛み、中まで侵そうとしてくる。弱いところをしゃぶる音に、馬鹿みたいに反応して鳴き声を上げた。
 経験があるだけに始末が悪い。間違いなく自分自身のものだというのに、この躰は私の意思に反して、勝手に快楽を追うのだ。
 どうすれば気持ちいいかなんて、知っている、カラダ。こんなの嫌だ、と思っているのに、悦いことを求める。
 犯されてるのに、悦楽の波が押し寄せて、腰が、自ら動いた。
 彼が巧みなのか、私がおかしくなっているのか、もう拒むことすら忘れて、その瞬間を待ち焦がれ。
 ズルリと、深く浅く抜き差しされるうちに、限界が、近くなってくる。
 それは相手もそうなのか、抽出が速く激しくなって、否応なく、頂点まで連れて行かれた。

「っあぁ、ンッん、ダメッ……ダメぇ…ッあ、ぁ―――ッ」
「……茅乃さ、……ぅ」

 胎内に、直接熱いものが吐き出され、私はそれ以上耐えられなくなって―――全てを放棄し、瞼を閉じた。
 目が覚めたら。全部夢だったらいいのに、なんて、都合のいい展開を期待して―――


  ***********
 
 びく、と身体が跳ねるように震えて私は覚醒する。
 夢の残滓がまだ身体に残っているようで、振り払うように頭を振った。
 ……何か、すごく変な夢を見たような。
 藤岡くんに振られて、古賀理事長が、私を、――……ッ!?
 ここはどこ。
 一見して、普段利用するホテルよりゼロが二つ三つ多そうな、ゴージャスかつ上品家具の配置された、部屋。やたら広い寝台に、私は仰臥していた。
 あれ、待って、待って……? 私、夢の中で気を失ったあと、どうなったっけ?
 ………、起き上がった身体の内側に残る、不快感。
 綺麗にされていたけれど、奥に残るそれは間違いようも無く――、途端によみがえる、耳に蘇る荒い息づかいと、自分自身の喘ぐ声。
 ――懇願を無視され、何度も、中を侵された。そのままで。
 私を組み敷きながら、微笑んだ彼の綺麗な顔。
 際限なくぶつけられた熱を思い出した途端、悪寒のような、眩暈のような、形状しがたい熱が私を襲った。

「――――ッ」

 夢、じゃ、ない。
 理事長、なんで? あんなコトされる理由、私、ない。
 っていうか……仕事ッ! いま何時?!
 慌ててベッドから降りて、周りを見回すが、当然というか――着ていた服は見つからなかった。
 そこで初めてシルクのナイトウェアを身に付けている自分に気付いて、呻く。誰が着替えさせたかなんて、考えなくてもわかる。
 本当に、どういうつもりなのか――
 そろそろと、続き部屋に繋がるドアへ寄る。
 昨日一日で聞き慣れてしまった男の声が、誰かと話するのが耳に入ってきた。
 
「……、充分だ。丁度、必要になったところ……ご苦労……」

 丁寧語じゃない理事長、新鮮。
 誰かが出て行く気配を感じて、私はゆっくりドアを開ける。
 封筒に入れられた書類の様なものを読んでいた理事長がふと顔を上げ、こちらを見た。
 ご機嫌に微笑む。

「茅乃さん、起きられたんですか。ご気分は?」

 あんたのせいで最悪だっつうの。
 半分開けたドアにへばりつき、睨む私に苦笑して、彼は書類をしまう。

「……私の服! 返してよ、仕事行かなきゃ、」
「学院には休みの連絡を入れておきました。その体調では教壇に立てないでしょう」
「な、だっ……誰のせいで……!」

 実際、支えがないとへたり込みそうになるくらい身体のあちこちが痛いけど。

「すみません、つい嬉しくて歯止めが」

 私をテゴメにするのがそんなに楽しかったのか、この強姦魔。
 いいようにされちゃって、最後にはすがりついた自分が憎い。 何なのもう。
 オトコに振られて、傷心なのに、更に違うオトコに弄ばれて、私、そんなに悪いことした?
 気だるい身体が情けなくて、彼に対する怒りや当惑、いろんな感情がごっちゃになって、私は唇を噛む。

「……もういい。帰る。服、どこ」

 身体だけじゃなく、感情のほうも疲れ果て、何だかやけっぱちな気分になって、ぞんざいな口調でそう言うと、

「何が“もういい”んです?」

 低い声で問い返された。
 声音に含まれた怒りに身がすくむ。
 ……って、何で怒。怒りたいのはこっちのほうだわ。
 むっとして、寝乱れた髪の隙間から睨みつけると、ため息を吐かれる。

「だからそういう瞳で見るなと……懲りないひとだ」

 何がだ。

「貴女の服はクリーニングに出しました。着替えはこちらに」

 紙袋を指し示されて、寄ると、さっと取り上げられる。
「理事長?」
 眉をしかめて呼びかけると、いたって真顔で訂正される。

「暁臣です」
「理・事・長。いい加減にして下さい。私は貴方の遊び相手になるつもりは」
「遊び……?」

 ヒヤリと気温が下がった気がした。
 ちちちちょっとぉ、だから何でそっちが怒るのよー!?

「遊び……遊びね。貴女はそんなふうに思った訳だ――まだ愛し方が足りなかったようですね?」

 一歩、近付かれて、反射的に彼の手が届かない場所まで飛び退る。
 私が昨日されたことを考えれば当然の反応。
 なのに、身を固くした私を見て、辛そうな顔をしたのは彼のほうで。
 何なのよ、もう……。
 ふい、と目線が外された。

「……これ、先程うちの手のものが持って来たものなんですが」

 思わせ振りにヒラリと茶封筒をかざす彼。
 怪訝に思って視線を向けると、それはそれは麗しく微笑む。
 いやもう騙されないし。アナタがそーゆー顔するときは絶対何か企んで……

「学院の、校長以下各教諭の素行調査の結果です。勿論、貴女の物もありますよ」

 ……プライバシーとか。――関係ないんだな、きっと。

「感心しないけど、それがどうしたという表情ですね?まぁ、楠木先生は普通の一般女性としての生活を送られている、と特筆することもなかったようですが」

 パラ、パラ、書類を捲る手が止まり。

「――藤岡正紀、物理教諭二十七歳。同校英語教諭、楠木茅乃と婚約中。が、そのほかにも二年女子生徒と個人的に接触があり――」

 ザアッと血の下がる音が自分でもわかった。
 ああああのアホ! バレてんじゃないのよ!!

「……困りましたね? 親御様からお預かりしている大事な生徒を、学院の教諭が」
「何が!」

 薄く笑う理事長の言葉を強引に遮る。

「お望みですか……」

 私の言葉に手に持った書類を振りながら、理事長は何故か自嘲するような笑みを一瞬浮かべた。

「私も学院の不祥事を公にすることはためらわれます。
 ……そうですね、偶然、知ってしまったけれど、“親しく”している女性から、“お願い”されて、知らないフリをするくらいは出来ますよ?」

 ――その言葉が意味するところなんて。
 理事長の言う、“親しく”“お願い”するということが、どういう意味かなんて考えなくても分かった。
 従う義理は、本当は、私にはないのだけれど。
 一途に彼を愛しているようだった、若い
彼女の瞳を思い出す。
 彼だって、私と別れたくらいだから、覚悟はあるんだろう。
 だから、少しでも時間をあげたいと思うのは、自己満足の偽善なんだろうか。
 そこまで愛せなかった罪滅ぼし?
 それとも―――

「貴女次第ですよ、」

 どうします? と促す瞳。
 
 ――唇を噛んで、歩きだす、鳥籠のなか。
 
 腕が伸ばされ、その胸の中に囲い込まれる。

「……捕まえた。茅乃さん、私のものです……」
 
 ――それとも、私を甘く縛ろうとするこの瞳を、もう少し見ていたいと思ってしまったせいか。
 
 私を捕らえる腕は、
 強く甘く優しく、
 解き放たれるのは
 
 いつの日か―――


2007.11.07 start(2010.08.11改)
 
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