〜波紋(1)
 
「この馬鹿」

 そんなことは本人が一番よくわかっているだろうが、言わずにはいられなかった。
 凹みに凹みまくっているところへの、更なる私の追い討ちに、藤岡くんはベシャリと机に伏す。
 まだまだ。

「春まで我慢すりゃいいものを、なんだって校内でイチャイチャしちゃったかな。しかも面倒な類いに発見されるオマケ付きとか」
「誰もいないと思ったんだ……」
「油断大敵っつーのよ」

 ばーか、容赦なくトドメを刺した。

 それは、連休中のこと。
 三年生を担当している藤岡くんは、自主勉強で学校にやって来る生徒たちのために、準備室に詰めていた。
 下校時刻になり、生徒は帰り、藤岡くん自身も帰る支度をしていたところへ、高原さんが来た。藤岡くんがガンとして口を割らないので理由はわからないんだけど、相談事があったらしい。
 何事か話し合って、高原さんを慰めているうちに、うんまあアレだ、恋人同士ですからね? そういう雰囲気になったと。
 さすがにいかがわしいコトはしなかったと言うけれど、キスはしてた。で、まんまとその現場を残っていた生徒に見られて。
 その子が分別とか、ある程度機転のきく子だったなら、騒ぎにはならず、処理出来ただろう。
 だけど運悪く――というか、当然というか、目撃者は、以前藤岡くんに告白したことがある女生徒だったのだ。理系ではない彼女が、何故その時間に理科準備室辺りを通りかかったのか、ということは今は置いといて。
 そんな事情のある目撃者が次に取った行動は、なんと。
 その現場を携帯撮影して、友だちに回す――ではなく、報道部へ駆け込んだのだ。また、報道部にいたのがゴシップ担当ときた。
 あとは、周知の通り。

 連休明けの今朝、画像つき学園Webニュースが購読生徒に配信され、学校に来ると壁新聞がデカデカ掲示板に貼り付けられて、大騒ぎになったと。
 そろそろ先生方も集まる頃。理事連にも、知らせがいっている。
 緊急会議が始まるまで、当事者をこうして確保してる訳だけど、見張りが私というとこがなんとも。
 気を利かせてくれたんだか、藤岡くんに対する嫌みなんだか。

「とりあえず、高原さんは登校前に皆川先生に保護してもらって、今は保健室よ。覚悟はできた?」

 うだうだしていた藤岡くんは、頷いて、気合い入れなのかベシリと自分の頬を両手で叩いた。
 ――理事長は、まだ日本には戻っていないので、代理として前理事長が来られるそう。暁臣くんのお父様が、余計なことは仰られないことを願いたい。
 今は、別のことを考える余裕が、私にもない。
 こんな形で暴かれた秘密が、どう影響するのか。
 秘密が秘密でなくなった今、それにまつわる私と彼の関係が、どうなるのかなんて。
 考える覚悟がないのは、私のほうだった――。


 ノックの音に、立ち上がる。
 扉を静かに開けて、田崎教諭がそっと顔を覗かせた。準備が出来たようだ。
 藤岡くんを振り返ると、迷いを吹っ切った顔で、ネクタイを締め直していた。行けるかと目で確認すると、頷いて歩き出す。
 すれ違う間際、隣に並んだ藤岡くんは、声をひそめて、悪い、と私にささやいた。

「……もしかしたら、以前婚約していたことで、お前に追及のとばっちりが行くかもしれない」

 そんな場合じゃないけれど、笑いが漏れた。どこまでも律儀なんだから。
 そんなこと、最初から承知してるよ。何のために今まで秘密にしていたと思うの。
 理事長との関係だって――、否、それは今論じることではない。

「その時はその時。私だって知ってて黙ってたんだから、共犯でしょ」

 更に謝りそうな気配を感じて、それ以上言わせないために、私は彼の脇腹を殴って言葉を封じた。
 会議室に入ると、既に前理事長、古賀父はいらしていた。
 こちらを見て、愉快げに上がる眉に、(お願いですから今日は何も言わないで下さいね)とドキドキしながら会釈し、空いている席に着く。
 こっそり首を巡らすと、うちの教諭しか着席していないことに気づいた。他の理事の方々もいらっしゃるはずだと思っていたけれど……、

「大体揃ったから始めようか。ちなみに、理事連は私に一任するということで、こちらにはお見えになっていないので」

 その私も代理なんだがね、と深刻さの欠片もなくあっさり言い置いて、前理事は藤岡くんに視線を向けた。
 起立したままだった藤岡くんは、それを受けて一礼。
 前理事の手元にはWebニュースをプリントアウトしたもの、壁新聞のコピーらしき数枚の紙がある。

「さて、藤岡先生。こちらに入った一報では、君が特定の女生徒と親密な関係にあるとのことだったが、それに相違は?」
「ありません」

 さっきまでのヘコんだ態度はどこへ行ったのかと思うほど、藤岡くんは堂々と発言した。
 先生方が軽く息を呑む。
 リベラルな考え方をお持ちの方は面白げに、お堅い方々は眉をひそめて。
 前理事ご自身は――面白がってる。あの目は絶対そうだ。

「報告にあった女生徒と、将来を視野に入れたお付き合いをさせていただいております」

 おお言った。
 同時に、何人かの目が私に向けられましたけど。はいはい、ふられんぼですよー。

「――ですが、こちらの写真に取られた行為は、校内で取るに相応しい行動ではありませんでした。いかようにも処罰をお受けします。ただ、彼女は卒業まであと少しです。寛大な措置をお願いいたします」

 ばれた時の覚悟はしている、と言っていた通り、藤岡くんは責任を全て一人で取るつもりなのだ。
 彼は言い訳を重ねることはせず、それ以後口を閉ざした。


「そもそも、生徒とそういった関係になることが――」
「おや、長田先生の奥さまは確か卒業生だったと――」
「しかしこのような記事を書くなど品のない――」

 あとは皆様のお好きにどうぞ、と言わんばかりに藤岡くんが黙り込み、続いて先生方の意見というか非難というか責任追及が脱線気味に始まる。
 前理事は口を挟まず、それを見ているだけ。何を考えていらっしゃるのやら、唇は笑みをたたえているが、目は油断なくそれぞれを観察していて。
 ――企んでるときの暁臣くんにそっくり。
 私が胡乱気に見ていることに気づいたのか、その眉が上がって。

「――楠木先生のご意見は? 以前、婚約関係でいらしたのでしょう」

 紛糾していた会議室が沈黙に包まれる。
 あえてその話題に触れないようにしていた先生方は、おそるおそる視線をこちらに向けられて。
 一見、事情を知るために話を振った風な前理事だったが、瞳に見え隠れするニヤニヤ笑いに膝の上の手を握りしめた。
 このオヤジ、やっぱり面白がってやがるし……!
 今さらながらに、父親を苦手とする暁臣くんの気持ちがわかるような気がした。

「そうですわ、特に問題もなかったはずのお二人が、急に婚約解消をなさったのは、もしやこれが原因ですか」
「楠木先生はご存知だったと?」

 厳罰を望む向きの方々が勢いを増す。
 無心を貫こうとしていた藤岡くんが、何か言いかけるのを目線で制して。
 あーコンチクショー、立場とか関係ない場所であのオヤジいつかぎゃふんと言わせてやる!
 そう、ひそかに決意しながら私は口を開いた。

「藤岡先生との婚約を解消したのは、いわゆる意見の不一致です。私はこういった性格ですから、友人として付き合うなら良い相性でしたが結婚相手となると、彼には荷が勝ちすぎたようですわ。円満にお別れいたしました」

 クスクスと微かな笑い声が上がる。どなたも私の気の強さをご存知の方だ。
 事実を少し曲げる私に、複雑そうな顔をした藤岡くんだったけれど、今、彼が私から若い子に乗り換えた、なんて印象を受けるようなことは言うべきじゃない。

「同僚として言わせて頂きますと、少々軽率だった感はございますけれど、この時期ですし、なおさらあまり大事にしない方が良いかと。処罰としては、彼には謹慎減俸、彼女には、ええと――進路はどうなって?」

 高原さんの担任である矢嶋先生に訊ねると、それが、と苦笑いして。

「高原は卒業後の進路は決まっておりません。家で家事手伝いをする――と、聞いていたのですが」

 あら、優秀なのに勿体ない。
 だけど、うちの学園は名家のご子息ご令嬢が大半を占める。いまどきどうよ、と思うものの、中にはそういった子もいるわけで。
 高原さんのは、お茶だかお花だかの代々続くお家だったかしら。 ん……?
 意味深な視線を藤岡くんに向ける矢嶋先生に気づいて、思わず彼に目をやる。つられて、みなさまも。
 苦虫を噛み潰しまくった顔で、藤岡くんはため息を吐いた。

「……彼女が卒業したあと、籍を入れる予定でした」

 おい! 言っとけよ!!
 卒業後籍を入れて、高原さんは家で家事手伝い、ってそりゃ主婦ってことじゃないの。
 いつの間にそこまで話が進んでいたんだコノヤロウ。気まずいんだろうけど、そういうこと先に言っておきなさいよね!
 微妙に目をそらす藤岡くんを睨んで、私は続きを述べた。

「……そういう事情なら、彼女には厳重注意と、藤岡先生は三ヶ月ほどの減俸処分が妥当かと。生徒たちにはこれだけ広まった今、なおさら隠すと良くないと思います。いっそのこと、報道部のパパラッチ根性を逆手に取って、“熱愛発覚! 婚約発表インタビュー!”なんてさせるのはどうですか?」

 茶化すように身ぶり手振りを混ぜ、声に抑揚を付けて提案すると、固かった先生方は肩の力を抜き、あとの方々は軽く笑う。藤岡くんだけはゲンナリした表情だったけれど、このさいアンタの意見は無視だ。
 肝心の前理事は、あいかわらず思惑の見えない笑みを浮かべていた。

「……逆にオープンにすると?」
「うちの校風を鑑みるならば、それがベストだと思うんですけど」
 うちの校風。つまり自由闊達、お祭り好き。さしたる校則もなく、自身の判断に任せるという指導方法を取っているため、かえって生徒たちは行儀がよい。
 今回のことだって、わっと騒いで楽しんだあとは、すんなり引くと思うのよね。三年生はじきに自由登校になるし。
 話のネタがさほどふくらまないとわかれば、そのうち消えてしまうだろう。
 藤岡くんの日頃の印象が悪くなかったのが幸いしたか、厳罰を望む方はおらず、私の提案をそれぞれ考えはじめる。
 なんとかおさまるかな、と息をついた時だった。

「――ということだが、お前の意見は?」

 前理事が襟元に付いたボタンのようなものに向かって発言した。
 怪訝な顔の先生方に、私。

【――そうですね、藤岡先生と女生徒の関係がそのようにはっきりしているのなら、対外的には婚約者だと説明することで騒ぎは抑えられると思います】

 ぎょっとした。
 雑音にまぎれて何か機械を通したものだったが、その声の主が誰だかわかる。穏やかに、だけど聞き取りやすく通る発声と、言葉運び。
 一ヶ月、会っていない。電話で話したのは数日前だけど――彼の声を間違えるわけもなく。
 どこから聞こえてくるのか、首を巡らせて、前理事の脇に控えていた秘書の持つPCからだと察した。先生方もそれに気づかれたらしく、じっと四角い機器に注目される。
 秘書の方が、前理事に許可を求めるように窺い、それに頷いたと思うとクルリとディスプレイをこちらに向けた。

【……このような形ですみません、上手くそちらへ帰る時間が取れなかったもので――】

 箱の中には見慣れた顔。
 インカムらしき物を耳にあて、こちらに礼を取る、青年の姿。わずかに見える背後は、どこかのオフィスに彼がいることを示している。
 なにやってるの、暁臣くん……。

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