ザ・サン〜 L'Oiseau bleu.
 

「……暁臣くん、起きて! 今日は朝から会議でしょ?」
「ん……茅乃さん……」

 身体を揺さぶられるのと同時に愛しい女性の声で目が覚める。
 至福。
 出来ればもう少し、甘く起こして貰いたいものだが。
 揺する手を掴んで、ベッドに引き込む。文句を言う唇を塞いで、朝から濃厚なキスをする。
 夫の特権を味わって。

「ぅんっ……っぁもう、――専務! 仕事行く仕度なさい!」

 ペシリと頬を打たれ、しぶしぶ彼女を離すと、私だって仕事あるんだから、遊んでられないのよ、とつれない言葉。
 テキパキと今日私が着るスーツを用意し、まだベッドでうだうだしている私を叱ってくる。
 茅乃さんが世話を焼いてくれるのが嬉しくて、結婚後、だらしなくなったということは彼女には内緒だ。
 そうして朝のひとときを堪能していると、軽い足音がして、扉から顔を覗かせる、幼い少年。

「おかあさま」
「太陽、ごめんねうるさかった?」

 いいえ、おきてましたから、という幼い声の主は、その証拠に園の制服をもう身に付けていた。
 ベッドから身を起こした私と目が合って、ニコリと笑う。
 今年五つになる、茅乃さんと私の息子。

「おはようございます、おとうさま」
「おはよう、太陽」

 ほほえましい父子の朝のやりとり……に、見えているはずだ。茅乃さんには。
 私たちの間に火花が散っていることなど、気付かない。

「おかあさま、おリボンむすんでくださいますか。うまくできなくて……」
「はいはい。太陽はひとりで用意して偉いわねえ」

 屈んで息子のリボンタイを結んでやっている茅乃さんには、見えなかっただろう。
 私を見てニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべた、五歳児の可愛くない表情が。
 ………誰に似たんだ。
 
 
 こども、出来たみたいなんだけど、どうする。
 と、ムッツリした顔で茅乃さんが私に告げたのは、うやむやに付き合い出して一年が過ぎた頃。
 ピルを飲んで自己防衛していた彼女だったが、私の方は避妊を全くしていなかったため、それは100%ではなく。
 彼女にとっては不本意、私にとっては願ったり叶ったり。
 当然、一も二もなくプロポーズして、三ヶ月後には式を挙げていた。
 しばらくは拗ねていた茅乃さんも、お腹が大きくなるにつれ、態度は軟化し、私がささやく愛の言葉にも素直に微笑んでくれるようになった。
 ちゃんと好きだから、と、やっと言ってくれたのは太陽が生まれた日。
 愛する人を手に入れて、もう何もこの幸せを邪魔するものは―――……いた。
 可愛い子供を装って、茅乃さんの愛情を奪おうとする、敵が。
 憎たらしいことにレッキとした自分の息子でもあるため、排除のしようもない。一応、息子にも愛はあるので。
 しかしどうせなら私似でなく茅乃さん似の娘が良かった……と思うのは贅沢だろうか。

「暁兄……自分の息子相手に妬かないでよ」
「社内では専務と呼びなさい」

 呆れたように言う廉を横目に、なかなか茅乃さんと二人きりになれないこの現状を打破すべく、スケジュールを確認する。
 無理矢理にでも休みを取って、茅乃さんと旅行にでも行くのだ。
 可哀想だが(と、考えて今朝も行ってきますのキスを邪魔されたことを思い出し、いやちっとも可哀想でないと思い直す)、太陽はクソ親父の所にでも預ければいい。
 義母と朔耶が喜び勇んで面倒をみてくれるだろうし。
 妊娠がわかってから、慌ただしく結婚、太陽が生まれてからも子育てで二人の時間は無いに等しく。
 茅乃さんが妊娠中だったため、新婚旅行にさえ行ってない。
 ……結婚する前の方が二人でいたような気がするぞ。
 確かに彼女を手に入れて、家族になり、時々だがアイシテイルと言って貰えて。
 他に何を望むのだと言われそうだが、茅乃さんの事に関しては、どれだけ与えられれても満たされることはないような気がする。
 私の執着などサラリとかわして、いつ逃げられるかわからない。
 子供がいても、そう思ってしまう。
 鳥籠に入れられたのは私のほう。
 
 
 家に帰ってまず目にするのは茅乃さんにベッタリひっついている我が息子。
 膝の上で本を読んで貰い、ニコニコと甘えている様子は可愛い。しかし、それは甘える対象が茅乃さんでなければの話。
 大人気ないと言われようが、茅乃さんの愛情を奪い合う上で、現在一番の障害であるのだ、コレは。
 帰ってきた私を認めて嫌な顔をする、憎らしい息子の方も、そう自覚している。

「ただいま」

 膝に太陽が居ようが構わず妻である彼女にキスをして、いつものように怒られる、が、照れているだけだとわかっているので気にしない。

「……もうっ、おかえりなさい。お父さん帰ってきたからご飯にしようか、太陽」

 はい、と素直に頷き、茅乃さんの後に付いて回る息子を抱き上げた。
 親子のスキンシップ。……ではなくライバルを牽制するために。
 ジロリと睨む息子にニッコリ笑ってやる。

「おとうさま、かえるのさいきんはやいですね?(まだかえってくるんじゃねーよ)」
「早く太陽とお母さんに会いたいからね(茅乃さんは私のなんですから独占は許しませんよ)」

 やあね、暁臣くんたらベタベタじゃない、と笑顔で言う茅乃さんは、やはり私と息子の密かな攻防に気付かず。
 今日は太陽が時間切れで寝るまで、構い倒してやった。
 
「どうしたの、やけに甘やかしてたわね、今日」
「そうですか? たまにはいいでしょう、太陽はいい子ですから」

 放っておくと最悪、夜中まで茅乃さんを独り占めされかねないからな。先手をうって、間に入ってやったのだ。
 風呂に入れたのもベッドに寝かせてやったのも絵本を読んでやったのも、私。恨みがましそうな顔のまま、息子が眠るまで横にいた。愉快。

「そうよねー、いい子すぎるのよね……」

 ポツリと呟かれた言葉に首を傾げつつ、我慢出来なくて手を伸ばす。
 濡れ髪を拭っていたナイトドレス姿の茅乃さんを腕に引き寄せると、胸の中に納まった身体に手を這わせた。
 いつもならここで軽く抵抗されるのだが。

「……今日はいいんですか?」
「……ん、あのね……、もうひとり、子ども、暁臣くん欲しくない?」

 なんのイベントですか。
 わずかに目元を赤く染めてそんなことを言われた日には。
 はりきってしまうではないですか。

「ぜひとも」

 子どもを産んで、更に美しくなった身体にむしゃぶりつく。

「んぁ、あっ……ん、ん……、」
「女の子がいいですね……茅乃さんに似た……」

 丸みを掬うように揉み、プクリと立った粒を周りの色ごと吸い上げる。ギュッと胸に押し付けるように茅乃さんの手が頭を抱いた。

「はぁ、ん……っ、そ……? 太陽には、弟がいいかなって、思ったんだけど」
「……何故ですか?」
「ん……競争、相手になる、でしょ? あの子ワガママ言わないし……もうちょっと、子供らしくていいと思っ――あッ! いゃぁっ……」

 ガリ、と歯を立てて粒を噛むと一際高い声が上がる。
 そのまま甘噛みを続けると、指で探った蜜壺がドロリと溶け出し、ヒクつきながら淫らに吸い付く。

「太陽の、ため、ですか」
「痛ぁい……噛んじゃ、やぁ……」

 二人でいるときくらいは母親じゃなく女になってくれてもいいのにと思う。
 これもまた贅沢な苛立ちか。
 ゆっくり焦らしてから貫こうと、さらに愛撫を与えるため、震える脚を広げた―――

「おかぁさまあ……」

 幼い声が薄闇に響く。
 慌てて飛び起きた茅乃さんが私を思い切り押し退けた。
 素早くはだけた衣類を整え、声の方へ足を運んで、起きてきた太陽を抱き上げる。

「太陽? どうしたの、」
「こわいゆめみたです……ごいっしよに、おやすみしてください」

 大丈夫よ〜、怖くないわよ〜、となだめる茅乃さん。お預けを食らった私が高ぶった熱をどうしてくれようと悶えていると、小さな声が、

「おとうさまも、ごいっしょがいいです」

 と、ベッドに倒れ伏す私にねだる。
 親子三人川の字で。
 茅乃さんに抱きつき、ニヤッと私だけに見えるように笑った息子を、明日はどうやって懲らしめようかと、悩みながら眠りについた、
 ある意味、幸せな日常―――。

 
  ***********
 

 理事長が住むマンションは、想像していた通り、“同じ人間の住むところか!”と思わずツッコミを入れたくなるほどゴージャスかつセレブなお住まいだった。 けれど、彼自身の部屋の中は意外とシンプル。必要以上のものは置いていない、って感じ?
 古賀父に逢い引きホテル襲撃を受けてから、何故か開き直った彼は私を連れ込むのを自宅に変えて、合鍵まで渡された。
 そうして毎度、軽く拘束された週末の朝。
 朝、なんだけど。

「……考えを改めました。そうですよね、茅乃さんに無理を強いてはいけないと反省したんです」
「いや……あの…何?」

 起きるなり押し倒されて(いつものことだけど)ぶつぶつ訳のわかんないことを言う理事長に、私は眉を寄せる。
 つうか、寝ぼけてる?

「これからはちゃんとします。……計画を立ててからにしたほうが揺るぎない幸せへの近道というものです」
「意味不明だから! 訳わかんないから! や……っぁん、あ、ああ」

 潤されたそこに、宛てがわれたモノが入って来て、いつもと違う感覚にこんな状況だというのにアレ? と思う。

「んーっ……」
「……やっぱり少し、違和感ありますね……」

 その言葉に、避妊具に包まれた、彼に気付いて。
 どうして? あんなにお願いしても、してくれなかったのに、今さら。

「……太陽には悪いけれど、もう少し二人きりを楽しみたいので、ね」

 タイヨウって誰。
 何処か遠くを見ている様な銀灰の瞳、呟く言葉はやっぱり謎で。
 戸惑う私とはウラハラに、理事長の動きは執拗に深く激しくなって、そうなるともう翻弄されるしかなくなる。

「ぁ、ん、はぁ……っぁあん、ぅん、んんん……っ!」

 久し振りのゴムの擦れる感触に、何か違うなんて思っちゃう自分がヤだ。どれだけそのままに慣らされてたんだって話よ。
 突き上げる合間に、理事長のヤケに冷静な声。

「物足りない気はしますが……、その分長持ちしそうですね……」

 
 ・・・・・エ。
 

「くぅ……っん! あぅ、も、ダメ、ダメ……ッ、持たないよぅ……っ」
「まだ、ですよ。茅乃さん……もっと二人で――」
「やだあ……っっ」

 何度意識を失っても、一向に果てない理事長に、私はその日なかなか離してもらえなかったのだった………。


 
 The S/u-o/n. END.
(2010/12/09改)
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