〜ショコラ・ナイト
 
  

 ちょっとホッとしてたの。
 その日に会わないこと。

 St.Valentine's Day.

 避けては通れない昔からの慣習。
 好きな人に想いを伝える日。
 昔は楽しんでいたお菓子会社の陰謀が憎くなる日。
 今現在、どっちつかずな関係の私達には困惑しか覚えないイベント。
 理事長もそう思って、来ないことにしたのかしら。

 好きじゃない、弱味を握られているだけ、身体だけの関係よ、なんて言いながら、私が彼を呼ぶ時、「理事長」より「暁臣くん」の回数が多くなったこと、気付いてる―――…?
 

  ***********

 
 めずらしいものを見ている。
 英科準備室に戻る途中、進行方向に人だかりを発見し、私は物陰に姿を隠した。
 前方には女生徒達に囲まれて、困ってる理事長。
 回れ右するべきか助けに入るべきか。女あしらいが上手いと言っても、相手は生徒、しかもミーハー気分で理事長を慕っているので、いつものように行かないらしい。
 助けたほうがいいかなー、でも、私の推測が正しければ……、

「大変そうだなぁ」
「! 藤岡くん」

 こっそり向こうの騒ぎを窺っていた私の後ろに、いつの間にか潜んでいた、同僚元婚約者に驚いた声をあげる。

「当日来なかったから、今日群がられてんだな。イイ男も大変だ」

 なんて感心して言ってる藤岡くんも、当日女子に群がられていたくせに。
 それなりに容姿の整った男性教師、というのはいつの時代も憧れの対象らしい。一種のお祭りよね、と分析する。

「で、お前はいいの?」
「は?」
「あれ許しといて」

 あれ、と指す先は、数日遅れのバレンタインチョコを押し付けられている理事長と、はしゃいでいる女の子達。

「………………、なんで、」
「付き合っているという噂を小耳に」

 面白そうに言う元婚約者。こいつ、そもそも誰のせいで……!
 ま、まぁ、言い訳にしている今は強いこと言えないけどさ。
 いやそれよりも。

「噂って、どの程度の……?」
「ん〜、仲良いじゃんアヤシイんじゃね? とささやかれてるくらいかな。で、マジな訳?」

 頭を抱えて叫びたくなった。
 あのおバカ理事、ところかまわず絡んでくるから……!

「それだけじゃないけど。理事長、よく俺のこと睨んでるし」

 肩をすくめる藤岡くんに、私は怪訝な目を向ける。

「……なに、睨むって?」
「お前とこーゆー風に二人で話してたりすると、冷ややか〜に牽制というか……考えてみりゃ、以前からか?」
「お疲れさまです、藤岡先生、楠木先生」

 もうちょっと突っ込んでどういう意味か聞こうと思ったのに、目を離した隙に女の子たちから逃れてこちらにまでやって来ていた理事長の、にこやかに冷気を発する声で中断されてしまう。
 ………。ヤバイ……。

「お疲れさまです。豊作ですね、理事長」
「甘いものは苦手だと言ったのですが……断りきれなくて」

 軽く笑顔で挨拶を交わす、古男(むかしのオトコ)と新男(いまのオトコ)。
 何この怖い状況!
 しかも、私が冷や汗流しながら逃げたい、と思っているのに、藤岡のバカが余計なことを。

「楠木先生、袋でも貸して差し上げたらどうですか。英科準備室にありません?」

 私の、可愛いエコバック収集というエコなのか無駄使いなのかわからない趣味を承知で言うかッ!
 元凶がニヤニヤしやがって……。
 怒りの拳を抑え込んだ。
 高原さんと一緒の時邪魔してやるからね、覚えてなさいよ。
 気を取り直し、ニコリと外面のみの笑みを浮かべ(良く考えたらどっちも私の素を知ってるんだわ、無駄な愛想ふりまいちゃった)、理事長を促す。

「……探して持って行きますね。理事長はどうそお部屋に」

 両手に、様々なラッピングを施されたチョコを抱えた彼は、微笑みながら会釈して理事室に向かった。
 目が笑ってないっつうの。
 うう、お仕置き? お仕置きですかッ、私何にもしてないのにー!!

「ふうん。茅乃にしてはめずらしいタイプ選んだよな」

 そんでもってこっちはお気楽だし。呑気な奴め、理事長に教師生命握られているとも知らずに。

「茅乃はあげたのか、チョコ」

 今一番訊かれたくないことを訊かれ、眉間にシワが寄る。

「……あげてないわよ、悪いッ」
「なんで。いつも焼いてくれてたケーキ、美味いのに」

 元カレ、気まずくないにも程がある。
 友人関係が長いだけあって、遠慮がない藤岡くんにしかめっ面を見せた。

「聞いたでしよ、甘いもの苦手って」
「彼なら苦手でも喜んで食いそうだけど?」

 そうかもしれないけど、私はバレンタインなんてしたくなかったのよ! あの小娘どもめ、余計なことを……。
 改めて顔合わせるの、ユウウツーー。

「……ま、安心した。お前にも“誰か”出来て」

 ポンと頭を叩かれて。調子がいいんだからと藤岡くんに苦笑を向けた。
 
 ストックしていたバッグを持って、理事長室へ向かう……と、部屋の前にまたしても女生徒の集団。
 ったくモテること。今更だけど、ほんっと容姿はいいもんね。
 しかし暁臣くん、チョコまみれで大変だ。

「こ〜ら、あんた達。何やってるの」
「あッ! 茅乃ちゃん丁度良いトコに! 大変大変、理事長盗られちゃうよッ!」

 は?
 覗き見少女達にグイグイ引っ張られ、促されるまま部屋の中を窺うと、理事長室には彼の他に誰かいた。
 ……あれは現国の酒井先生?
 教壇に立つよりも、失礼ながらお酒を提供するお店にいる方が違和感がない同僚を発見し、私は目をしばたいた。
 うすら寒い作った微笑みを浮かべ、理事長は色気を振り撒く酒井先生と話している。
 ほほぅ、彼女が理事長狙いだとは知らなかったな。

「あたし達が理事長にチョコ渡そうと思って来たら、すでにあの爆乳女がいたの! 早く、茅乃ちゃん行かなきゃ!」

 味方をして下さるのは嬉しいのですが、……何なんだ、私と理事長がアヤシイ仲なのはもう決定事項なのか、生徒達の間で。
 どこで何を見られてるかわかんないわねえ。

「もうっ、茅乃ちゃん、なにヌルい笑み浮かべてんのっ! 行けぇ!!」
「ぅわッ!?」

 ドンと押し出されて額をドアにぶつける。何か鈍い音したわよ、こら!

「茅、――楠木先生、有難うございます。袋を持って来て頂けたんですね」

 迂濶にも名前を呼びかけた理事長を視線で制し、ぶつけた額を摩りながら中途半端に開いたドアから中へ。成り行きをワクワクしながら見守っていた女の子達をついでに部屋に押し込んだ。

「すみません、理事長。追加です。ほら、渡しに来たんでしょ」

 イザとなると恥らってもじもじする生徒達の背を押し、理事長卓の前まで進ませる。
 苦笑まじりの理事長の瞳が私に向けられて、後で覚えておきなさい、と眼差しが告げた。
 ……うまくトンズラする方法はないかしら。
 理事長殿下にチョコを渡し、はしゃぐ生徒達が退出した後、酒井先生の手前私を引き留めることができない彼の、未練がましい視線を無視して部屋を出る。
 酒井先生の、「今日お時間あったらお食事にでも行きませんか〜」というチャレンジャーなセリフに背を向けて。
 ふう、やり過ごせた。
『茅乃さんからはないのですか』とか言われたらどうしようかと思った。
 もう、日が過ぎてるから大丈夫だったはずなのに。女の子達のミーハー魂を舐めていたわ。
 気まずいんだってば。
 渡しても渡さなくても、どうにも漂う空々しさを予想できてしまって、結局私は義理も用意しなかった。
 今日拉致られたあと、どうやってやり過ごそうか思案していると、

「――楠木先生、待って下さいな」

 軽やかにご機嫌な酒井先生の声に呼び止められて、振り向く。
 心なしか勝ち誇った笑顔で近寄ってくる彼女を待って、私が考えていたのは、
(デカイ乳だなぁ。垂れないようにするの大変そう。F? G? 何カップか聞いたらダメかな)……オヤジみたいなことだった。

「楠木先生、古賀理事と親しくされているというお話でしたが、あくまでも噂なんですのね」
「は? ……あぁ、まぁ……」
「ですよねぇー! だって先生、藤岡先生と付き合ってらしたし……次は理事長、だなんて節操のない……」

 クスリと笑う顔は美しく歪んでいて、うんざりする。
 牽制ですか。わざわざイヤミ言いに来やがりましたか。
 はいはい、あなたに張り合うつもりはありませんよ〜、だって意味ないし。

「理事もその気はないようですわね? 私が食事にお誘いしたら、二つ返事で了承してくださいましたもの」

 、え?
 うっかり驚いた顔を見せてしまった私を満足そうに眺めて、では失礼と歌うように酒井先生は去ってゆく。
 酒井先生と食事?
 ……てことは今日は無罪放免? お仕置きナシ?
 助かった〜、――と思いつつも、微妙に釈然としないものを感じて首を捻る。
 めずらしいこともあるものだ。誰かと個人的に食事に行くなんて。
 さすがの暁臣くんもあの爆乳にヤラれたのか。面倒を避けるため、女性の教職員とはなるべく二人きりにならないようにしていたのに。
 いやまあ、私とのことは置いといてね?
 ……ふぅ〜ん? 酒井先生ねぇ?
 別にヤキモチを妬く訳じゃないけれど、相手があまり気に入らないタイプの女だと、面白くないと思うのは勝手かしら。
 しょうもない女に引っ掛かるなんてガッカリさせないで、なんて。
 言う権利もない。
 交遊関係に口を出すのは、自分の立場をハッキリさせるということで。
 暁臣くんが私をどう思っているかわからないのに、私から変化を望むのは悔しい。
 あの腕に抱かれている時は、名前を呼ぶ声の熱さ甘さを素直に受け止めることが出来るのに、離れるとその勘違いが怖くなる。
 
 彼が私を愛してるなんて、思っちゃ駄目。
 私が彼をどう想っているかなんて考えちゃ駄目。
 
 気付かないふりをしていれば、いつか飽きられる時が来ても、傷付かなくても済むから――。
 
 
 生徒会主催の餞別会で演る寸劇の最終的な打ち合わせをして部活を終えた私は、帰り仕度をしたあと、誰かさんに襲われることもなく校舎を後にする。
 理事長が来たときはほぼ毎回、と言って良いほど彼と夜を過ごしていたのかと改めて自覚して可笑しくなった。
 彼に触れられないことが物足りなく感じる、自分の馬鹿さ加減に。
 あったかいものが欲しいな、と考えながら教職員出入口から外へ出て、ピタリと足を止めた。

「…………?」

 あれ?
 今なんか目の端に見慣れたダークブルーの高級車が……。
 通り過ぎた道をもう一度戻って、駐車場にポツンと取り残された車を確かめる。
 何でここに暁臣くんの車があるの?
 酒井先生とさっき出掛けたはず。
 どゆこと?
 車の前で悩んでいると、気配なく背後に忍び寄っていた人物に、突然抱きすくめられた。

「っ……!」
「待っていてくれたんですか、茅乃さん」

 声を上げかけた私の口を手のひらで覆って、耳元にささやく声。

「んっ!」

 ついでのように耳を喰まれてビクリと身体が跳ねる。そのまま甘噛みを続ける彼に、肘鉄を打ち込んだ。
 なにどさくさに紛れて胸揉んでんのよ!

「理事長! 痴漢行為はやめて下さいっ」

 大してダメージを負った様子もなく、クスクス笑う理事長を怒鳴りつけ、逃れようともがく。後ろから拘束した腕を少しだけ緩めた彼は、耳を押さえ顔を赤くした私に微笑んで、軽くキスをしてきた。
 だから、外だっていうのに……!

「茅乃さんが私を待っていて下さって嬉しいんですよ」
「待ってた訳じゃないですッ! ていうか、酒井先生とお食事に行ったんじゃ……!」

 ドアのロックを外して、私を手際良く助手席に放り込んだ理事長は微かに首を傾げ、ご存知だったんですか、と苦笑。

「急な仕事が入ったふりをして、彼女だけ置いて来ました。あんな失礼を働いてしまっては、もう誘っては下さらないでしょうね」

 クスリと笑んだ瞳に、黒さが透けて見えた。
 …………。酒井先生、気の毒に……。

「心配しました?」と楽しそうに訊いてくる顔を冷たく睨んでやる。
 最初からそのつもりで誘いに乗ったのね、さては。
 ため息を吐き、座席に腰掛け直してシートベルトを締める。
 私が自分と帰るの当然のように思ってるわよね、この人。従ってる私も私だけど。

「……いつか後ろから刺されても知りませんよ、まったくもぉ」
「ガードがいるので、それは大丈夫だと思いますが」

 ちょっとしたイヤミのつもりが、普通に返された。
 って、護衛? そんなのいるの?

「一応、私にもわからないように控えていますので、茅乃さんが気にすることはありませんよ?」

 キョロキョロしてる私に微笑みながら、何でもないように言うけれど。えええちょっと、ホントに!?
 ……そういえばこの人、財閥の後継者で大企業の上役員、その他色々肩書き持ってるんだっけ。
 理事長は学園にはお付きをめったに連れて来ないから、いいのかしらと思っていたけれど、護衛がいるならそのあたりもカバーされてるのかな。
 営利目的で狙われたりしてもおかしくないし……、
 私が再度、世界の違いを思い知って、少し寂しい気持ちになっていると、信じられない言葉が耳に入って来た。

「……茅乃さんにもついていますよ?」
 
「……………………ハアァ!?」
 
 私の驚き様に少し引き、彼は慌てて弁明してくる。

「いえ、あの、この間、父と顔を合わせたでしょう? あれで、うちの身内と認識されたと言うか…」

 いやいやいや待て待て待て。
 私は必要ないでしょ! 断りもなく身内扱いするな!
 ちょっとどういうことなのよ! と、彼がハンドルを握っていなければ肩を揺さぶっているところだ。

「あの……私とこういう関係にあるだけでも、護衛がつく理由になるんです」

 暁臣くんと寝るだけで危険がつきまとう訳!? 今までの彼女もいちいち護衛させてたの? めんどくさっ!
 父と会ったのは茅乃さんだけなので、と彼は目を逸らす。
 ここまで祟るか、古賀父……!
 頭を抱えて唸る。

「邪魔にはなりませんから、諦めて下さい」

 マジですか………。
 ……ん? ちょっと待って、護衛がついてるって、……いつから、どこから、今も?
 ていうか、さっきのキスしてたとこも見られていた……!?

「ちょっとまってええぇぇ!?」

 アレやコレも見られてるということかッ!?
 一旦は落ち着いた私が見せる狼狽に、何ですか? と理事長自身は全く気にもしていない様子に、唖然として何も言えなくなる。
 ――それが、当たり前になっている彼の世界に。
 黙りこくった私に何を思ったのか、すみません、と悲しそうに謝ってくる。私はわざとらしく大きなため息を吐いて、いかにも不機嫌そうに唇を尖らせてみた。

「もう、タダで防犯設備がついていると思うことにしますよ」

 そう受け入れるだけで淡く微笑むから――拒絶なんて、出来るわけがない。


 今日は個室タイプのフレンチレストランでお食事。予約が必要なお店だから、もとから私を連れて来るつもりだったのね。
 これがバレたら私が酒井先生に刺される……。そう思いつつもお料理はおいしくて手は止まらない。

「そうだ理事長、学校であまり私に接触しないで下さい。生徒に疑われてますから」

 車だからワインが飲めない理事長は、物足りなさ気にミネラルウォーターの入ったゴブレットを弄んでいる。
 私の言葉に顔を上げて、大丈夫ですよ、と綺麗な笑み。

「困ったことにはならないよう、手は打ってあります」

 どんな手だ。
 聞こうと思ったけれど精神安定上黙っておくことにした。
 知らない方がいい……多分。暁臣くんがあの顔をするっていうことは、ろくなことじゃなさそうだし。

「報道部も前のように騒ぎを起こさないよう注意しておきましたし」

 報道部、と聞いた瞬間ギクリと肩が揺れてカトラリーを落としてしまう。我ながら分かり易すぎる動揺をしてしまったと内心で舌打ちした。

「……茅乃さん?」
「あ、やだ手が滑っちゃった」

 人を呼んで換えて貰う間も、いぶかしげに私を見つめる理事長に、冷や汗が背を伝う。
 うう、ヤバヤバ。
 理事長の会社の新年会で、報道部の部長香坂くんが私にしたことは、まだ彼にバレていない。
 校内ですれ違う香坂くんの方も、常に礼儀正しく良い生徒で、あの時の『古賀暁臣の恋人』が私だったと気付いた様子もなくて。
 なんだったのかしらと思う。こっちはしばらく不意打ちに触られるのが、トラウマになったというのに。

「……茅乃さん、美味しいですか?」
「あ、ぅん、一口食べる?」

 話が変わったことにホッとして私が機嫌良くデザートを差し出すと、微笑んで首を振る、彼。

「私は今日女生徒達から頂いたものがありますから、甘いものは遠慮しておきます。帰れば他のデザートも頂かないといけませんしね?」
「…………。」

 何か企んでる!
 その笑みは良からぬことを!
 ――しかしそれがわかっていても、私に逃れる術はなかったのだった……。
 
 
 わかっていたのに油断した。
 蕩けるような笑みを浮かべた理事長に見下ろされつつ、私はひきつった笑いを返す。
 食事のあとは、お決まりのように理事長のマンションに連れ込まれて。
 いい加減私も慣れすぎてるな、と自嘲の笑みを浮かべつつ、シャワーを先に済ませて、明かりのついたリビングの方へ向かうと、彼はワインを開けていた。
 レストランでは飲めなかった彼が、少しだけって言うからお付き合いして飲んで。とっておきらしいチーズが美味しくて……つい油断したのよ……。わかってたのに、わかっていたのにーーー!
 いつの間にか、リビングから理事長の寝室に場所が移って。押し倒されるのは毎度のこと、しかし緊縛はいつものことではない。
 お酒が回った私がぼんやりしてるうちに、ガウンの帯で両手を軽く結ばれて、気がついたときにはのし掛かられていたのだ。
 ちょっと、なんで縛るの、と詰問しようと口を開くと、甘い塊を放り込まれて。
 瞬いた私が見たのは、チョコレートの包みを手にして、ヤバいほど麗しく微笑んだ理事長の姿。
 そのまま彼はチョコレートを一粒摘まんで、私の肌に押し付けた。

「――ひあっ、やぁッ!」

 私の両手を束縛し、ガウンをはだけさせた理事長は、クスリと笑って尚も手を動かす。

「理事ちょ……、も、やだっ……」

 喘ぐと、甘ったるいチョコレートの空気に肺が満たされる。
 彼は指で摘んだチョコレートを、くるくると私の素肌に擦り付けていた。
 体温で溶け、ゆるんだ液体で絵を描くように茶色い筋が肌の上に伸ばされ、羞恥に悶える私を、目を細めながら見下ろして、指に付いたチョコを舐める。
 やけにいやらしい仕草。

「ちょっと期待していたのに、茅乃さんがチョコをくれないのが悪いんですよ? せめてこうして食べさせて下さらないと」
「……この変態ぃ……っ」

 涙混じりの瞳で睨んでみても、楽しそうに微笑まれるだけ。
 女の子達のチョコレートがこんな変態プレイに使われるとわかっていれば、なんとしてでも阻止したのにーーー!!!

「ゃあっ……ぁん、あ、っふぅ……ッッ」

 肌に付いたチョコレートを舐め取られ、くすぐったくて身をすくめた。
 半分溶けたチョコの固まりで胸の頂をこねられ。直接に触れられるのではなく、間接的に与えられる刺激のもどかしさと、ベタつく甘い香りに意識がクラクラしてくる。

「んっ! ふあっ、ぃやあぁっ!!」

 チョコレートでコーティングされた粒を唇に喰まれ、ねっとり舌を絡めてきつく吸われる。やわやわとした刺激ばかり与えられていた身体にそれは強すぎて。
 一気に奥が潤む。

「ぃ……ぅんっ、ね、腕、解いて……っ」

 腕をガウンの紐で結ばれてベッドの支柱に固定されているため、一方的な愛撫を受けるしか出来ないのがもどかしくて、解放をお願いするも、返ってきたのは全然関係ないことで。

「――藤岡先生と何を仲良く話されていたんです?」
「……、別になんにも……っ」

 あんたの事だ、とは言えず、誤魔化そうとする私に、向けられる、灰色の冷静な瞳。
 その眼差しに、サアッと身体が冷えた。
 ……お仕置きかッッ! これはお仕置きだったのか!
 穏やかに微笑む理事長の瞳が余計に恐くて顔がひきつる。

「あ、あき……っ」
「何ですか? ……そうそう、報道部がどうかしましたか? 先ほどやけに動揺してらしたようですが」
「な、何のこと……」
「……茅乃さん?」

 すうっと内腿を撫でられ、ビクビクする私を見下ろして。
 唇を噛み、ガンとして何も白状しない私に、フッと息を吐く彼。 カサ、と紙が擦れる音がして、指先に摘んだトリュフをかざして、訊いてくる。

「これは酒井先生から頂いたものですね。茅乃さん、いかがです?」
「いらなっ……ん!」

 くっ、と愛撫にドロドロになったソコを彼の指が押し広げた。

「ッ!? や、暁臣くん、やだっ……そこはヤぁっ……いやぁあッ!」

 クチュクチュと指で探られるのと同時に中に固形物が入れられるのを察して私は激しく抵抗した。
 何考えてんのー!
 本気で泣き出しそうになった私を見て、さすがに気が引けたのか、指は抜かれて、なだめるようにキスをされる。
 もう、変態変態変態……ッッ!
 ぐすぐすしゃくりあげる私に困ったように微笑んで。

「ずるいひとですね、本当に……。そんな顔をされてはこちらの方が参ります」

 なんだその責任転換。
 今までノーマルなセックスしかしたことがない私は、理事長がする濃厚な行為についてけない。
 彼と付き合っていた人達はこんなことも許していたんだろうか。
 何かヤだ。

「んっ……、なんで普通にしてくんないの……っ」
「茅乃さんが可愛い反応するから、ですよ?」

 妖しく笑んで、私の蜜にまみれたチョコレートを舐める、その光景にカァッと頬に朱が走った。
 恥ずかしすぎて背けた顎を掴まれ、口移しで溶けたチョコを含まされる。
 差し込まれた舌が絡んで否応なく咽下し……、

「!? っ…ふ、んんっ……?」

 身体が熱くなる。
 愛撫のせいだけじゃなくて、これって……、

「っ、ァ……んっ……ぅ、ふぅっ……あッッァ、は」

 首を振り、急激に快楽を求め出した身体を持て余し、身を捻る。
 奥がウズいて……、ナニコレ…ッッ、

「ぁ、きおみ、く……?」

 髪を掻き上げて、何かを堪えるように息を付く理事長の頬も赤く上気していた。

「……即効性の……媚薬みたいですね? 何を考えていたんだか……」

 酒井先生に、貰ったチョコレート……、って。
 ああああのおんなーーー!!!
 媚薬だと、ふざけやがってえぇッ!! ていうか、暁臣くんも気付いたんなら食べさすな! 吐き出せッ!

「っ駄目だ……」
「……っひ、やあぁあ!」

 前触れもなく中に入ってきた彼は今すぐ爆発してもおかしくないくらいで、そういえば理事長も薬の入ったチョコを口にしていたことを思い出す。
 やぁ、待って、普通でも理事長しつこいのに、媚薬なんか最悪……!

「っ、…茅乃さ…っ」
「ん! 、っくぅ……ぅっふぅ、あんっ……あーッ!」

 身体が軋むほど激しく抽出されて抑え切れない喘ぎが唇から溢れる。頭の芯にチカチカ火花が散って、うねる波がすぐに私を押し上げ、あっという間に達した私と、まだ堪えている理事長。
 息を整える間もなく動き出す彼に悲鳴めいた声を上げて。だけど薬に冒された身体は、私の意思を無視して、快楽を求めて腰を揺らす。
 貪欲に彼を飲み込み、熱を共有したいと、ねだる。

「っは、ぅン……ぁ、あ、あきおみく、ん……、腕、取って……っ」

 ようやく願いが叶えられ、紐が解かれて自由になった腕で彼にしがみついた。
 呼吸を整えるように、一度、息を吸って、彼が私の腰を抱え直す。深く、深く、奥まで満たされる。

「――ん、んッ、あ、ヤだッ……どっかいっちゃう……っ」

 繋がった部分が際限なく愉悦を求めて蠢めく。
 急激に高ぶった身体についていけない気持ちの方が、涙になって溢れた。
 きもちいい、気持ちいいけど怖い。
 流れる雫を吸いとる唇が優しいから、素直に感じる身体を委ねてしまう。
 淫靡な蜜音が鼓膜を震わせ、乱れた彼の吐息が情欲を煽る。

「茅乃さ、ん、きつ……ッ」
「っふ、あ、ぁ、やあ、ぁぁんッ、……う、あ、ぃや……もっ……ッ!」

 重なる肌と中を練るように穿たれるものを、離さないとばかりに締め付けて。
 まだ足りない、
 もっと、と。
 何度果てを見ても引くことのない熱に、支配される。
 きっと影響なんて、最初だけ。だけど、チョコレートのせいにして、私はその熱に身を任せた。
 
 
 甘ったるい香りと、情交の気配が漂う部屋に朝がやって来る。
 鬱鬱と呟く。

「……こしがいたい……」
「……酒井先生にお礼を言わなければなりませんね」
「逆だっ、あの牛オンナ、覚えてやがれ……っ」

 ブラインドから漏れる朝日が目に染みる。
 仕事……この状態で仕事かっ……!
 さすがの理事長も疲れた様で、ダルそうに床に座り込み、ベッドにもたれていた。
 そのベッドにうつ伏せて、グッタリ横たわる私は、喘ぎすぎてかすれ、潰れた声で宣言する。

「……っっ来年は、ちゃんと、あげますから……こーゆーのはナシです……っ」
「……はい」

 彼がクスリと嬉しそうに笑った理由に私が気付くのは、ずいぶん後のこと。
 
 明日を約束する言葉、無意識にのせた唇が、甘い想いをささやくのは、
 もう少し、先。

 


(初出'08.02/20,加筆改稿'11.02/05)
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