〜桜、六花〜vertige(一)
 

 第一印象は、“うわ! 王子!!” ………だった。
 
 遅咲きの桜の木の下、ダークブルーの高級車から出てきた彼に、一瞬見とれたのは秘密。
 綺麗に整った容姿、均整のとれた躰付き、隙のない動作。
 人間味がないというか、受け答えが丁寧なのも作られ過ぎていて違和感があった。
 血縁とはいえ、二十四才の若造を理事長なんかにしていいのか? とも思ってた。
 しばらく彼と会話をして接してみれば、杞憂だったとわかったけれど。
 他人を従える力を生まれつき備えている人だ、彼は。
 あたりは穏やかだけと、本心を笑顔に隠して自分を偽っている。
 一介の教師である私と、理事長がいる世界は違う。気にするほど接点があるようには思えない。
 だから、理事長がどんな人でも気楽に考えていた。
 時折、理事として学園の様子を見に来られた時は、支障ない程度に親しくして。
 こんな関係になるなんて思ってもいなかったから。
 
 ――初めて出会ったのは、桜舞い散る春のあの日――

 
 ***********
 

 ……まだ明るいのに。
 て、いうか、明るくなったばかりなのに。
 なにヤってんですかね、私達は。

「――っはぁ、んっ……ぁ、あ、っあ、ぁあ、んっ」

 寝起きを襲われて、抗う間もなく身を穿たれ揺すられ、息を求めて開いた口から止まることのない甘い声が漏れる。
 うつ伏せになった私の上で動く理事長の、荒い吐息が、耳にかかって、ゾクゾクした。

「ん、ン、……ん、」

 私の躰で彼が興奮していることに私も興奮して、中がまた熱くなって蠢いて彼を締め付け、また彼が興奮する。
 強く内側を掻き混ぜられる感覚に、理性とか躊躇いなんて、既にどこかへいってしまった。
 もっと。
 もっと気持ち良くなりたいの、
 もっと、もっと、もっと……、
 動物だ。
 人間は動物だと、何よりもこの瞬間確信する。

「あ、ぁん、あんっ、あー、っああぁ、ぁあッ……」

 クシャクシャになったシーツを更に乱れさせて行為に溺れる。

「はあっ、あっあんっ、ん、んー……?」

 イきそうになる手前で動きを止められ、戸惑って肩越しに振り向くと、ジッと私の嬌態を見ている瞳とぶつかる。
 快楽に歪んで溶けた顔をしている私を、見ている。
 かあ、と頭に血を上らせた私が顔を伏せるより早く、彼は繋がったままの身体をひっくり返し、両足を高く抱え上げ、折り曲げるように乗し掛ってきた。
 ――奥まで、届く。

「っハァ、ぁ、やだ……、いゃ――ぁうンっ、あっ、ぁ……あぁっ」

 羞恥に全身を赤く染めた私がイヤイヤと首を振る様子を彼は楽しそうに見つめ、唇を寄せてくる。
 キスを受けるために目を閉じて、触れる寸前、ピリリ、とサイドテーブルに置かれていた理事長の携帯電話が鳴った。

「んぅ……、……ふ、」

 味わうように舌で口腔を舐め回され、溢れた唾液をすすられる。
 電話は鳴り続け、一度切れ、また鳴り始め。

「理事長……、暁臣くん、でんわ……っ」

 ペシペシ肩を叩いて出ろと促すと、渋々テーブルで鳴り続けている携帯に手を伸ばして取って。
 っていうか抜け! 抜け、ばかぁ!!
 彼の僅かな身じろぎに、中が擦れてあえぎが漏れた。
 何でそう変態なの……!
 

 ***********

 
「、……っ、ん、……っ!」

 くそ、可愛い。
 抜かないまま電話に出た私を潤んだ瞳で咎めるように睨み、両手で口を塞ぎ、声が洩れないように必死で堪えている茅乃さんに早く没頭したくて、電話口で名前を呼ぶ従兄弟に舌打ち。

「何の用だ、廉。覚悟は出来てるんだろうな」

 会話しながら顎に携帯を挟み、片手で、誘うようにツンと上を向いている朱い突起を摘んだ。
 ビク、と茅乃さんの身体が跳ねて、繋がった部分がキツク締まる。
 信じられない、とばかりに見開かれた瞳に微笑んで、指の腹で色付いた場所を丸くこねる。
 引っ張って、弾いて。
 反応する躰をよじり、茅乃さんは逃げようとするが、繋がった部分が邪魔をして、どうしようもなく頭を振った。
 ギュウギュウ締め付ける肉壁の感触が気持ち良く、激しく突き上げたくなる衝動を抑えて、少しだけ、抜き差しをすると、悶える彼女が涙目でパクパク口を動かして、バカ、ヘンタイ、バカ、と、声を出さずに可愛い悪態を吐く。
 我慢できない。

「……ッ、…っふ、ぅン、ぁ、、、」

 堪えきれず声を漏らす茅乃さんを早く気持ちよくさせてやりたいのに、携帯から聴こえる従兄弟の声が邪魔で、もういいから切ってしまおうと思った。

[ゴメンッ! ゴメンなさい! いや暁兄それどころじゃ……! 叔父さんがっ、]
「うちのボンクラ親父がどうした」

 死んだとか言うなら面白いんだが。

[ヤバイよ! そっちに行ったと思うんだ、暁兄の彼女のこと根掘り葉堀り聞かれて……そこで会ってることバレてるみたいだし]
「……は?」

 ゆるゆる動かして茅乃さんを虐めていた腰が止まる。

[今彼女と一緒なんでしょ? 踏み込まれるよ!?]
「…………。」

 色ボケた頭にジワジワと、従弟の発言の意味が浸透した途端、微かな物音を耳が拾った。


 ***********
 

「キャ、んッアぁ……ッ!」

 ズルリ、と埋められていたモノをイキナリ抜かれて悲鳴めいた声が上がる。

「……っ、理事、ちょ……?」

 ベッドから離れた理事長が素早くドアを押さえた。ガタン! と開けられる寸前だったらしい扉が軋む。
 ……て、何!? 誰か向こうの部屋に……!?

「んん〜? 気付いたか、アッキーめ」

 扉一枚隔てた向こうに聴こえた、おちゃらけた渋い声に私の意識が一瞬飛んだ。
 覚えがある、この声、この口調。
 ザアッと血が下がる音が自分にもわかった。
 ガチャガチャと扉の向こうとこちらで攻防が繰り広げられ。その間に慌てて昨日脱ぎ散らかした服を探す。
 くう、しまった……、確かバスルームで……。
 とりあえず、だるい躰にシーツを巻き付け、裸のままドアを押さえている理事長に床に落ちてたバスローブを持って近付く。ドアノブを押さえている彼の肩にはおらせて、何とも言えない顔で見上げた。

「クソ親父……、」

 据わった眼で、向こうに居ると思われる相手を珍しく汚い言葉で罵る理事長。

「アッキー、開けなよ、彼女ちゃんがいるのはわかってんだよ〜? パパにも紹介して〜?」

 アッキー、アッキー、と五十手前の父親が、今年二十六の息子を呼ぶふざけた賑やかな声に、苦々しい顔をする理事長。

「三十分待て……! てか部屋から出てけ!!」

 初めて聞く、そこら辺の若い男の子みたいな口調にビックリする。いや、そうよね、家族にもあんなですます言葉使ってるわけないか。
 じい、と見ている私に気付き、理事長は気まずげに口を押さえた。

「……、彼女にもちゃんと仕度する時間をあげて下さい」
「ハハ〜ン? 部屋の外で待ってるからな〜。逃げられると思うなよ〜」

 と、ご機嫌な足音が遠ざかって。
 …………て、どうすんの!?
 現場を押さえられたも同然な状況に、ひきつった顔で理事長を見上げる。何だか遠い眼をして、彼は言った。
 諦めて下さい、と……。
 
 どうにか取り繕って、元理事長の前に出た私は、いたたまれないどころか気絶出来るものならしたい気分だった。
 ホテルのVIPルーム、豪奢なソファに座る、デカイ子供が三人もいるようには見えない壮年の男性を見る。
 古賀帝樹たいきサマ、御年四十八歳。
 顔立ちはやっぱり親子、理事長そっくりだけど、かもしだす雰囲気は真逆。どこまでも品の良い好青年な理事長に対し、どこか退廃的な色気のあるチョイ悪親父な古賀父。
 あ、理事長の方が色素薄いんだー。なんて関係のないことを考えて現実逃避。
 私たちがやっと姿を現したのに気づき、瞳を輝かせる。
 次の瞬間。
 理事長の後ろからソロリと出て頭を下げた私に、古賀父の口がポカーンと開いた。

「……楠木センセイ?」
「――ご無沙汰しております。このようなご挨拶になって申し訳ございません」

 理事長はとことん苦い表情。
 そりゃ私との関係バレたらやりにくいわよね。
 しかも、恋人だって誤解されてるし。

「……はぁ〜、そうか、君だったのか……」

 気の抜けた声でソファに座ったまま繰り返され、身を縮める。
 うう、クビかなぁ……。

「アッキーのくせに彼女を選ぶなんてヤルじゃん。なるほど、夢中になるわけだ」

 ……ん?

「で、式はいつにする?」
「へぁ?!」
「……父さん、まだそういう段階では」
「え、でもヤっちゃってるのに? いーじゃん、二十八と二十六で早いってわけでもないし」

 楠木センセイも子供は早いうちに産んどいた方がいいよね〜、とニッコリされて私はどう答えろと……!

「し、仕事がありますので」
「うん、まぁ楠木センセイは評判もいいし辞めるのは勿体無いよね。続けたらいいよ。僕が隠居するまでは暁臣もそう責任があるわけじゃないし、奥さんの負担も少ないからね、大丈夫でしょ」

 いやあの、何!?
 この両手を上げて大賛成ー、みたいなテキパキした話の進めようはっっ?!
 てっきり私、理事長と手を切れ的なこと言われると思って……、つうかアンタも何とか言え、と理事長を見るも、なんでそんな諦めきった顔してるのぉおっ!!

「ご両親にご挨拶はいつにしようかな〜、三月……春休み中に式を挙げるなら早い方がいいよね?」

 いつの間にか日取りまで決まってるぅぅう!??

「三月では早すぎるでしょう、色々な方面に知らせも必要ですし、ドレスをオーダーするにも時間がかかります。せめて半年――」

 何で的確な計画立ててるんですか理事長っ!

「ええ〜? 早く孫の顔見たい〜〜〜」
「ダダこねないで下さい気色悪い。茅乃さんの心の準備もあるんですよ」

 いや理事長!
 結婚すること前提に話を進めないで、取り返し付かなくなるから!
 親子の会話について行けなくて心の中でひたすら突っ込みを繰り返す私。

「心の準備ィ? そんな悠長なこと言ってっと逃げられるぞ。乗り気じゃねぇみてえだし」

 ギクリ。
 顎をしゃくられ、すでに逃げ腰になりドアの近くにいた私に、似たようなグレイの瞳が集中する。

「……茅乃さん、」
「おう、そだそだ、家の奴らにも会わせとけ。いつ式を挙げるにしても家族と仲良くしといた方がいーだろ」

 いやあぁっ! 周りを固められるうぅッ!
 私が避けようはないものかと言葉を探している間に古賀父は携帯を取り出し電話。

「まっつん? 車オモテに回しといて〜、暁臣の嫁さん連れて帰るから〜」

 決定!? もうソレ決定なんですかッ! この、人の話を聞かない我が道加減、確かに暁臣くんのパパだー!!
 頼みの綱の理事長は、何か考え込んでいて、てんで話にならない。
 だから、何でこうなるのよぉーーー!
 
 
 楠木茅乃、二十七才、英語教師。
 庶民の家に生まれ庶民の家で育ち、頭のてっぺんから爪先まで完全庶民。
 節約生活を趣味として五年。
 理事長の非常識に大分慣れたと思ってたけど、これは……。
 ドカーンと目の前に鎮座まします古賀邸に、私はただ呆れるしかなかった。
 どこの外国よ、ここは。
 無駄な広さだなあ、と立派な洋館に対して失礼な私の感想。
 だっていちいち綺麗でスゴイけどさー、これ自分ち、て言えないよ私の感覚からしたらー。
 玄関広ッ! てゆうかメイドさんがお迎えッ! 生メイドがいるし! 執事、執事はどこよ!
 いらっしゃいませ、と開店直後の百貨店並のお辞儀ウェーブの前を通り、応接室へ案内される。
 舞台で培ったハッタリ&アドリブ度胸がこんな所で役に立つとは。表面的には全く気後れした様子はみせず、軽く微笑んで平然としている私がいるはずだ。
 通された部屋も凄かった。なんかこんなセット、テレビで見たことある。……カレイナルイチゾク?
 うう……狭苦しい自分の1LDKのお家に帰りたい……。
 はふぅ、と疲れた息を漏らす私の肩を抱いて、理事長がささやく。

「すみません、何とか誤魔化しますから……この間の芝居の続きだと思って、付き合って下さい」

 充分マイペース人間だと思っていた暁臣くんも、パパには負けるらしい。
 生まれたときから振り回され続け、現在では諦めの境地のようだ。
 茅乃のまま、芝居をするのって難しいな。
 あの時は完全に作っていたから、恋人として振る舞うのも全然平気だったけど……。
 今は、ちょっと、難しい。
 演技と、本気の、境目が。
 危うくなっている、今は――

 こそこそと口裏合わせのやり取りをしていると、バンッと勢い良く扉が開いて、お人形みたいな娘が飛び込んで来た。
 キョロキョロしたかと思うと、寄り添って内緒話をしているかのような私達に目を留め、ニンマリ笑い。

「やったあ! やっと連れてきてくれた! 二度目だけど初めましてッ、暁臣妹の朔耶です〜!」

 ニコニコと可愛らしく笑って、理事長を押し退けるように私の横に座る美少女。
 二度目、という彼女の言葉に首を傾げ、理事長の苦虫を噛み潰したような顔に、ハタと思い当たる。

「あ、ホテルで……」

 密会現場に張り込んでた子か。
 目を瞬かせた私に、妹嬢はペコリと頭を下げ、

「その節は失礼しました! でも会わせてくんないお兄ちゃんも悪いと思いません、お義姉さん!」

 お……ね……、
 グラリ、とよろめいた体をなんとか立て直す。キラキラした瞳で“兄の恋人”を見つめる少女に微笑んで。 

「初めまして、朔耶ちゃん。楠木茅乃です。私のことは、名前で呼んでくれると嬉しいな」
「茅乃さん?」
「ええ」
「わぁい♪ 朔耶、お姉ちゃんて初めてー。ねえねえ茅乃さん、お兄ちゃんといつから付き合ってるの? 告白どっちからー?」

 答えにくい質問をッ……。
 キュッと甘えるように抱きついてくるやたら可愛い少女に、「あなたの変態兄様に脅されて肉体関係を持ってしまったのがなれそめです。」などと言えるわけもなく。
 視線をさ迷わせた。

「……ええと、」
「私から、申し込んだんだよ。茅乃さんはうちの学園で英語の教師をされていて、私が理事として就任した時に知り合ったんだ」

 付き合い始めたのは最近だよ、と、言いよどむ私に変わり涼しい顔でスラスラ答える理事長。
 ……確かに嘘は言ってない。
 言ってませんがね?
 なんか、どんどんヤバくなっている気がするのは私だけかしら。
 
「じゃあ茅乃さんは、暁臣さんとは職場結婚になるのねぇ」

 少女めいた華やぎを纏ったおかーさまがウキウキとそんなコトをおっしゃる。娘の朔耶ちゃんが隣に並んでいても、姉妹にしか見えない若さ。
 それも当然、古賀当主の奥様である雪佳せっかさんは後妻で、まだ三十八歳だそう。

「ねぇ茅乃さん、英語上達する方法ってないかなぁ。家でダメなの朔耶だけなんだもん」

 ただ今わたくし、古賀家の女性達に挟まれてお茶をしております。
 暁臣くんはおとーさまに引きずられて行って席を外している。使えねぇ。
 ていうか、どうして私こんなに歓待されてるの?
 めちゃくちゃ“暁臣くんの恋人”として承認されちゃった気がするんだけど!
 何で誰も反対しないの?
 庶民育ちは古賀にふさわしくないとか言って!
 お願い反対して!
 私が適当に愛想良く返事をしている間にも、話は私と理事長の結婚式の方へ向き。

「この際だからウェディングドレス潔ちゃんに作って貰ったらいいんだよ!」

(キヨちゃんてダレ?)

「茅乃さんは教会式でいいのかしら。御実家で何か決まった信仰があるとか……」

(いやうちは取り敢えず真言宗ですがほぼ無宗教ですよ)
 呼ぶ人数は、とか具体的になってるぅう!
 このままだと本当に式を挙げるハメに……、暁臣ッ! 暁臣さんは何をしてらっしゃるのッ! 助けろ!
 ココン、とドアがノックされ、長く伸びた髪を無造作に束ねた青年が入って来た。良く似ているが理事長ではない。

「話が弾んでいるとこ、悪いけどさ。兄さんが彼女呼んでるんだけど」

 朔耶ちゃんのブーイングを完全無視し、古賀家二男坊宵暉しょうきくんが私を差し招く。
 やっと私の存在を思い出したか、あの男。
 これ幸いと腰を上げて、宵暉くんが促すまま、部屋を出た。
 長い廊下を先導する青年を、こっそり私は観察する。
 理事長のすぐ下の弟である宵暉くんを、実は以前から知っているのだ。
 新進気鋭の画家、ってことだけでなく、私が新任で学園に来たとき、三年に在学中だったのよね。その時から絵画の才能を認められていて、校内で見かけるときはいつも女の子をはべらせていた。
 理事長よりクセの強い亜麻色の髪、細身な体つき、ダルそうな雰囲気。
 芸術家というイメージを自身自ら体現しているかのような青年だ。
 でも、ちょっと不健康そう。

「僕の顔に何か付いてる?」

 は。しまった、ついジックリ……、

「いえ、やっぱり暁臣さんと似てるけれど、雰囲気は違うなぁって……」

 廊下の途中で振り返った弟君はクス、と嘲笑。

「兄にはどうやって取り入ったの?」
 
 ………はぃ?

 
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