At a wedding #26
 

「ぎゃー!」
 その場からヒョイと抱え上げられて、奥に運ばれる。この荷物運びは一生治らないのかな!
 ジタバタする足を押さえたフミタカさんは、捲れたスリップの裾を引っ張って、愉快げに唇を曲げた。
「誰のプレゼントだ、これ? うちの奴らか」
「ぶぶー。幼馴染みたちだよ。これで旦那を悩殺して逃げられないようにな! とか失礼なメッセージ付きだったよ」
 ニヤニヤ笑いと共に渡されたときのことを思い出し、あたしがぶうたれながら言うと、フミタカさんは肩を揺らす。
「悩殺してくれるのか、そりゃ楽しみだ」
 できるわけないってわかってて言ってるのがまたムカツク。どうせセクシーナイティ着ても色気がないのは承知の上だよ、もう!
 てっきりそのままベッドへ直行かと思ったら、そうではなく、ソファへ下ろされた。
 面したテーブルにはグラスとシャンパンボトル、おつまみのチーズやハム、ボリュームのあるサンドイッチ。
 いつの間にセッティングしたんだろうと目を瞬いていると、フミタカさんがグラスにシャンパンを注いで、あたしに目配せした。
 示された通りに、掲げられたグラスを軽く打ち合わせて、涼やかな音に唇が綻ぶ。
「お疲れさん」
「でした」
 ものすごーく長かった一日に乾杯する。
 ささやかな晩餐てとこかな。
 こちらの味覚に合わせてくれたのか、シャンパンは仄かに甘くて果実の風味が強い。
 やり遂げたあとのお酒は美味しいねえ! とばかりに二杯目を注いだあたしをよそに、珍しくフミタカさんが食事を優先している。
 サンドイッチをあたしが一つ食べる間、に三つくらい片付けてた。
 まじまじ見ていると額を小突かれる。
「お前は披露宴でも二次会でもバクバクバクバク食ってたが、俺はほとんど食ってないんだ」
「あー、みんなにお酒ばっかり飲まされてたもんねー」
 逆にあたしはあまり飲んでいなかったので、きっとお高いのだろうシャンパン存分にを堪能することにした。
 蜜色の中、ふわふわ揺れる泡を眺め、ふと笑みをこぼす。
 うん? と問い掛ける目をしたフミタカさんに、なんでもないよと首を振って。
 あの日まで、フミタカさんとこんな関係になるなんて思いもしてなかった。
 彼と出会った頃のあたしに、「将来このひとと結婚するんだよ」と言っても、ありえないって笑い飛ばしただろう。
 それくらい、近くにいても遠い存在だった。
 ――今は、どんなに遠くにいたって、一番近いひとだって言える。
 距離じゃなく、心が。
 くすくすと笑いやまないあたしに、もう酔ったのかとフミタカさんは呆れ顔。杯を取り上げられる。
 あんまり酔われても困るからな、ってどういうことかしらー。
 いい気分だけど、酔ったわけじゃないのに。
 不満に唸り声を漏らして睨んだら、ミネラルウォーターを渡される。
 グラスを持った手に、対の指輪。あたしの指にも同じものがあるのをチラリと見やってから、呟いた。
「ホントに結婚したんだよねぇ……」
「何を今さら」
「感慨に浸ってるの。ずうぅっとお互いに対象外だった相手と結婚するとか、ちょっと前までのあたしなら担がれてるのかと思うとこだよ」
 というか、プロポーズだって信じられなくて逃げたし。
 半年前の逃走を思い出したのか、眉をひそめてフミタカさんがあたしの頬を抓る。
「対象外だと思ってたのはお前だけだろ」
「だって、あたしフミタカさんの好みとかけ離れてたじゃんか」
 美人でー、スタイルよくてー、理性的でー、と指折り数えながら彼の恋人の条件を提示してみると、そうだなと悪びれもせず肯定が返ってくる。
 正直すぎるだろうと背中を拳骨で叩いた。
「――だが、一生側にいて離したくないと思ったのはお前だけだぞ」
 グーしたままの手を握り、鼻先に軽いキス。
 甘いこと言って懐柔しようとしても、そうはいかないんだからねっ。
 ムッと尖らせた唇にも、口づけを落として。
「そういう鈴鹿の“好みのタイプ”は聞いたことがなかったな?」
 言ってみろ、とニヤリ笑う。
 ぎえー、ヤブヘビだっ。
「いや特に。考えたことなかったし? 選り好みできるほどの者でもありませんし?」
 ジリジリと後退りして逃げようとするものの、フミタカさんの腕は簡単にあたしの腰を捕まえて、逃げないように膝に乗せられた。
「好みがないということは好きになった俺がタイプということだな」
「なんでそうなるかな!?」
 フミタカさんレベルが普通にタイプって、高望み過ぎるでしょ!
 満足げに頷いているフミタカさんの背中をもう一回叩いて、否定の意を示すも、構うようなひとではなかった。
 そういうことにしとけ、なんて嘯いてキスが深くなる。
「……理想と現実は違うんだよね……違う意味で」
「どういう意味だ」
 全く余裕のフミタカさんは、酸欠でグッタリしたあたしに悪戯のようなキスを繰り返す。
 普通のあたしは、普通のひとと、普通に結婚して、普通の家庭を作るんだと思ってた。
 こんな、一般的にハイレベルなひとと、愛し合って、玉の輿ともいえる結婚をするなんてこと、夢見がちで現実が見えていない少女のころはいざ知らず、本気で叶うとも思っていなかったのに。
 いずれ会社の頂点に立つひとの奥さんですよ。イケメンハイスペックな旦那様ですよ。呆れるくらいあたしにベタ甘ですよ!
 あたしにしてみれば、理想が普通で現実が普通じゃなかったってことになるのかな。
 もちろん現状に文句があるわけじゃない。全然ない。そんな贅沢言ったらバチ当たる。
 まあ、ちょっとときどき遠い目になっちゃうこともあるけれど。
 普通とか普通じゃないとか全部放り投げて、残るのは、想っているひとに想われている、幸せ。
 でも、自分が幸せだな〜って能天気に思う反面、ちゃんとフミタカさんもそう感じてくれているかなって、ふと弱気の虫に付かれるんだ。
 愛されてる分、ちゃんと返せてる?

  
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