『それでは、これより新郎新婦によるそれぞれのご両親へ、感謝の気持ちとして、花束の贈呈です』
みどりちゃんの司会進行に合わせて、高砂に両親たちが並ぶ。あたしたちは、スタッフから用意していた花束を受け取って、進み出た。
定番の新婦からの両親への手紙は、無し。
感動的なイベントで、盛り上がるのはわかってるんだけど、あえてしないと決めたのだ。
フミタカさんと同居するときに挨拶を済ませていることもあるけれど、今まで育ててもらった感謝を、言葉にして伝えきれるものじゃないと思ったから。
こちらだけ親に感謝っていうのもフミタカさんとのバランスが悪いし、なら二人とも手紙を読もうかとも考えたけれど、結局はあたしも彼も、ここで感謝を一区切りにするのが嫌だったというのが本音。
夫婦になったあたしたちは、これからが親孝行の本番だと思ってる。
うちの両親は、子どもたちが誰に恥じることもなく自由に笑って生きていれば、それでいいってシンプルな幸せを持つ人たちだから、この場で言葉にして表すのではなくて、これからあたしが選んだひととどう幸せに生きていくか、見てもらうことで示したい。フミタカさんも同じ考えだ。
言葉の代わりに、花束に思いを込める。
『新郎より新婦のお母様へ、新婦から新郎のお母様へそれぞれ花束の贈呈です。皆様、盛大な拍手をお願いいたします』
お互いの母に送る花束は、「あたしたちを今まで育ててくれてありがとうございます」と「これからよろしくお願いします」という気持ちを込めて、二人で選んだもの。
伯母様には、白をメインに黄色を加えた清楚で明るいイメージ。うちの母にはピンク色のバリエーションでロマンチックなイメージ。お揃いの小さな花束を、父たちにも渡す。
フミタカさんがピンク色を持った光景は、なかなか視覚的に攻撃力があったけれど、お母さんが喜んでいたのでよし。
センシティブな伯母様は始終涙を浮かべていらして、社長がおろおろしつつもなんだか嬉しそうだった。
――私が史鷹の母親として、出てもいいのかしら――
伯母様がそう呟かれたのは、最後の打ち合わせのときのこと。
本来ならその立場にいるはずの、南条母に対しての、罪悪感の吐露だったのだろう。
伯母様からは、南条家にいたころのことは、聞いたことはない。あたしが知っているのは全部フミタカさん伝て。
フミタカさんが物心ついたときには、伯母様といるのが当たり前になっていて、あちらの母上とは公の場でのみの接触だけだったという。
年子で政史さんが生まれたことと、付けられていた教育係を彼が拒否したため、伯母様が世話していたのがそうなった理由らしい。
それはフミタカさん個人にしてみれば良かったのだけれど、伯母様は母親から彼を奪ってしまったと、ずっと気にしていた。
フミタカさんを宥めて、母上を諌めて、母子の仲を取り持つことが出来たのではないかと。
あの独善的な親父様がいるかぎり無理だったと思うけど。
彼が、南条家の実父母をどう思っていたとしても、二人がいなければフミタカさんは生まれていなかったわけで――身内でもある伯母様の心中は、複雑なんだ。
子どもが産めなかったということに引け目を感じていらっしゃるから、余計に。
あちらのお母上は気にしないだろうと言っても、こればかりはどうしようもないんだろうな。
どんな慰めや励ましも相応しくない気がして、あたしは悪戯っぽく首を傾げて言った。
――来生のお母様は伯母様なんですから、出てくださらないとフミタカさんが拗ねちゃいますよ。ついでに、張り切っている社長も。
伯母様は、そんなフォローになってないあたしのフォローに、そうねと微笑まれたけれど。
きっと、今このときもどこか申し訳ないという気持ちを抱えている。
あたしから見れば、伯母様はちゃんと母親してると思うのにな。
遠慮なく母親として、息子の晴れの日を喜んでいいのに。
フミタカさんが二人の呼び方を改めるまではと思ってたけど、ええい、フライングしてやる。
「これからよろしくお願いします。――お義母様」
そっとささやいたあたしに瞬いて、伯母様は恥じらうように頬を染めて、頷かれた。
披露宴は、結婚しましたという報告とお世話になった皆さま方へありがとうを伝えるという意味合いを持つ。新郎新婦は主役かつホストであって、内も外も忙しい。
ご招待してるんだもの。お客様に、ご満足していただけるように気を遣い、自分たちの希望も盛り込んで、一種の見世物状態だということも否定しませんよ、ええ。
昔むかしは、雛壇にいるドレス姿のお嫁さんがお姫様つまり主役で、ただひたすらキラキラと羨ましく見えたものだが、それがいざ自分の番になってみると――ずっと注目されてるの落ち着かないいぃ!
笑顔がっ、笑顔が貼り付いたまま直らなかったらどぉしよう隊長ううぅ! 試練ですかこれもー!!
隣で涼しく微笑んでいるフミタカさんが憎い。そりゃ昔から他人の視線に慣れてるよね、アナタは。どーしてシラッとしていられるのか教えてほしいですよ。
取引先の方々は、受付嬢鈴鹿を覚えていらしたかたもいて、意外そうだったり納得されたりおおむねにこやかに出席してくださった。まあ、中には誰コレと訝しげなひともいた。
鈴鹿でーすよろしくお願いしまーす、今日は化けてるから通常モードでお会いしたらわからないんじゃないかと不安ですよ!
秘書室の皆さんも、華やかに場を彩ってくださった。いつも通りにつんとしているかと思った長船主任が、何故だか憐れみの中にも共感をたっぷり込めた眼差しで祝ってくださったのが不思議なんですが。
主任の「おめでとうございます」に、「こいつとも長い付き合いになると思いますが、よろしく」と返したフミタカさんも謎なのよ……?
ひきつった微笑みの主任が、見慣れない指輪をしてたとかー、なんか、フミタカさんにプロポーズされた直後を思い出してしまったとかー、そういえば午前中のお式のときに室長と一緒に伯母様にご挨拶されてたのは何でかなーとか芋づる式に連想して、あたしは考えるのをやめた。
うん、とっても怖い結論が導き出されそうだったので……! あたしは気づかなかった! 察しもしないよ!