At a wedding #22
 

 プログラムは余興に入り、親しい人々や会社関係者のスピーチが終わると、新郎新婦の同期友人たちの人形劇が始まった。
 新郎新婦の様々なシーンを背景に、彼らの今までをコミカルにつづったそれは、改めて二人の絆の強さを窺わせるものだった。そして、友人たちとの結束の固さも。
 新郎新婦はこの余興の内容を知らなかったらしく、楽しむ招待客とは裏腹に頭を抱えて友人たちを睨んでいた。
 それすら楽しそうに受け流した彼らは、二人の怒りなどまったく平気らしい。
 琴理には、あんなふうに遠慮なく接してくれる友人はいない。
 もちろん、友人という存在がいないわけではない。だけれど、本音で話せる相手はいなかった。遠慮が先立ち、隠居したとはいえ、各界に影響を持つ朝倉の縁者という立場が心を開くことを邪魔していた。
 琴理が、自分を出せたのは鈴鹿が初めてなのだ。
 最初の経緯が経緯だったから、今の琴理は鈴鹿に対して外面を取り繕おうとする必要がない。みっともないところを見られているから、格好をつけようと思っても逆に恥ずかしくなる。
 素のままの琴理に笑いかけてくれるから、甘えることができる。
 ――そういった甘えが琴理にあるあいだは、完全に対等な友人と言えないこともわかっている。
 でも、これからはわからない。
 琴理が鈴鹿と壁のない友人になりたいと望み、そうなれるように成長すれば、きっと彼女も同じに答えてくれるだろう。
 たぶん、朝倉の言ったことはそういうことだ。


 新郎新婦の二度目のお色直しが終わり、祝辞が読み終えられると少しの間をとって司会がマイクの前に再び立った。
『ただいまより、新婦から幸せのバトンをお渡ししたいと思います。女性の皆様は、どうぞ中央にお集まりくださいませ』
「ほら、琴理。はじまるようだよ、行っておいで」
 デコレートされたウエディングケーキを味わっていた琴理は、朝倉の促す言葉にハッと顔を上げた。慌てて席を立ち、花道のようになっている真ん中の通路へ向かう。
 友人同士固まる人々の中に一人だけで混じるのは勇気が要ったが、中には気恥ずかしいのか気乗りしない様子の者もいて、琴理はその横からこっそり混じらせてもらうことにした。
 午前中の式の時には定番のブーケトスが行われなかったのは、この披露宴での演出を行うためだったらしい。トスだったら、前へ出ることは出来なかっただろうなと思いながら、新婦の持つブーケの先につながるリボンを選ぶ。
 腕捲りのジェスチャーをした女性が気合の入った声を上げた。
「よっしゃ! 一本釣りね!」
「なんか目的違ってるよ千葉……」
「リボン絡まってないー? 大丈夫ー?」
 わいわいと一際賑やかなのは新婦の同僚の一団で、遠慮がちなのは学生時代の友人のようだ。しかしどの顔も様々に楽しげで、その先にいる新婦を見つめた。
「それじゃあ皆様、せーので引っ張ってね!」
 すでに花嫁用の猫が剥がれた鈴鹿が、元気にタイミングを促す。
 リボンがたくさん繋がったブーケを高くあげた。
 せぇの、と会場に掛け声が響き――一人の手に、丸い花束が収まる。
「おお……?」
 ブーケを手にして意外そうな呟きを漏らしたのは、先ほど気合いを入れていた女性だった。
 気合いとは裏腹に、本当に自分が手に入れるとは思っていなかったらしい。可愛らしいブーケを前に、困惑した様子が見てとれた。
 どっと笑いが沸き起こる。
「あっはっは! 千葉ちゃん年貢の納め時ってやつだね!」
「諦めて嫁に行けー」
「ほら、相方も待ち構えてるし」
「ええー……」
 ちらりと見やった視線の先に、一人の男性がいた。ブーケを持った彼女を面白そうに眺めて、「どうぞ?」といったふうに両手を広げてみせる。ぶんぶん首を振って後ずさるが、背後に回った友人たちが背を押して近づけようと押し問答を繰り返す。
 彼女の反応と周りの言葉から察するに、交際相手のようだ。
 そんなやり取りも楽しそうで、少しだけ羨みながら、琴理は外れのリボンを手繰り寄せた。クルクルと丸めていると、輪になった先に何かが結び付けられている。
 なんだろう、と思った琴理の内心の声を聞き付けたわけでもないだろうが、新婦が両手をメガホンの形にして叫ぶ。
「他のひともリボンの先に残念賞が付いてるから、どうぞもらってやってねー!」
 その呼び掛けではじめて気がついたのか、数人が慌てて離していたリボンを取り直して『残念賞』を確認しだした。
 琴理は結び目をほどいて、付けられていた小さな巾着をそっと開けてみる。
 中には花を象ったシルバーのチャームが入っていた。
 そこかしこで「かわいい」とはしゃぐ声が上がる。同意の頷きを一人返しながら、リボンを回収役のスタッフに渡して琴理は席に戻った。
「お帰り」
「外れちゃいました」
 嬉しい残念賞付きだったので、ガッカリもせず笑顔で大伯父に報告する。
 チャームを見せて、また自分も見つめた。
 ペンダントトップにもなりそうだから、家に帰ったら良い鎖がないか探してみよう。なんとなく、持っていればいいことがありそうな気がするから、お守りがわりにしよう、と思いながら自然と唇が笑みの形をつくる。
 ブーケプルズの余韻でざわめく会場を眺めていた朝倉がそんな琴理に微笑んだ。
「さて、次は琴理の花嫁姿を見るまで元気でいないといけないね」
「気が早いですってば。……お元気ではいていただきたいですけど」
 高砂に座る二人の姿は楽しそうで、幸せそうで、一種の憧れだ。憧れで、あんな風になりたいと思うけれど、それにはまず自分という人間をしっかりと確立する必要がある。
 朝倉の縁者でもなく、上原の令嬢でもなく、上原琴理にならなくては。
 誰かに恋をしたり、まして結婚など、早い。
 二十をとうに過ぎて、気づくのが遅いと誰かには言われそうだが。
 いつかは彼女にふさわしい友人になりたい。
 自分が花嫁になるのは、そのあと。
 そんなふうに思える今の自分が、琴理は新鮮で楽しかった。
 ちょっと発破をかけるべきかねぇ、と謎の言葉を漏らす朝倉に、琴理は首を傾げた。

  
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