At a wedding #21
 
 新婦のお色直しの二着目は、アクアグリーンを基調にアイスブルーのチュールレースをふんだんにあしらったAラインドレスだった。ところどころに使われている黄色やオレンジがいいアクセントになっている。
 胸元に大輪の花のコサージュ。胴は細いリボンを幾重にも巻いて引き締められ、腰から下は自然な流れで何層にも重ねられ襞を寄せられたフリルが流れる。
 琴理はドレス姿の鈴鹿を見つめ、ウットリと吐息をこぼした。
 先ほどのピンクのドレスもとても似合っていたけれど、これも素敵だ。
 小柄な鈴鹿があんな風に飾り立てられると、本当にお人形さんのようで可愛らしい。
 もちろん彼女が可愛らしいで済まされない、逞しくカッコイイ女性だとわかっているけれど――
 機嫌よく二人を眺めていた大伯父を、琴理は振り返った。
「後であのお写真いただけるかしら? ねえ、おじい様」
「本当に可愛いねえ。お前もウェディングドレスを着たくならないかい?」
「やだ、おじい様。そりゃあ、いつかはって思いますけれど、一人じゃウェディングドレスは着られませんもの」
 そう言いつつも、琴理の脳裏には自分だったらこんな感じの、といったドレスが浮かぶ。
(私なら、フンワリしたものより、ちょっと張りのある生地で……デザインはシンプルで……)
 想像のウェディングドレスを纏った琴理の隣を歩く誰かが、ふっとこちらを見つめる――
(違ーう! 違いますっ! あんな慇懃無礼男は断じて違いますっ!)
 百面相の末、真っ赤な顔でぶるぶると頭を振る琴理を、朝倉はおかしそうに眺めた。
『すっかり手なずけられて……この間まで彼女のこと性悪の悪女≠ネんて陰口叩いていたのを忘れたんですか』
 鈴鹿とメールをやり取りするようになって、うきうきと端末をいじっていた琴理に冷たい一瞥を与えて言った男を思い出し、あんな男とは絶対に並びたくもないと思いを新たにする。
(確かに失礼なことばかりしていたけど、鈴鹿さんは許してくれたものっ)
 先ほど配られたテーブルの上のドラジェを突いて、琴理はツンと唇を尖らせた。

 招待客にドラジェサービスをしていた新郎新婦は、琴理たちのところへもやって来た。
 少し逸った足取りの鈴鹿と、それをすぐ傍で見守るような史鷹を見て、琴理は自分がどうして頑なに彼を奪おうとしていたのか、疑問に思う。
 恋をしていると思い込んでいたときと変わらず、彼は素敵な男性だ。そう、まるで画面の向こうの偶像のように。
 彼が鈴鹿を見つめる眼差しは甘くて、こちらまで逆上せてしまいそうになるが、あくまでも「こんな風に愛されてみたいな」という傍観者気分のもの。
 鈴鹿に成り代わりたいと思わないし、代わったとして彼の態度が今と同じになると思えない。
 今まで築きあげた絆の強さがあるからこその、二人だから。
 おめでとうございます、と何度目かになる挨拶を交わして、差し出されたドラジェを受け取る。
「朝倉様、琴理さん。今日はありがとうございます」
「やあ、鈴鹿さんも史鷹君も、改めておめでとう」
「お二人とも、急なご招待でしたのに来ていただいて」
「こちらこそ、いい式に出席できて、寿命が伸びる思いだよ」
 おじい様と呼んではいるが、正しくは琴理の母親の伯父という関係である朝倉は、もともと新婦の鈴鹿と懇意だった。
 早くに鈴鹿から出席の打診をされたときは、健康上や会社関係のややこしい理由により一度は招待を断っていたらしい。が、先日にあった南条家絡みの事件で力を貸した事情や、彼女と親しくなった琴理も共に晴れ姿を是非見てほしいと乞われ、ここにいる。
 高齢の朝倉を気遣い、今日は琴理がお付きの役割だった。
 もと琴理のお目付け役、現朝倉の筆頭秘書の男からは朝倉の側に控える心得を散々に言い聞かされて、耳にタコができる気分を味わった。
 ことさら失礼な真似をしようなどとは思わないが、お目出度い場で鯱張るのもどうだと言いたい。
(おじい様も、鈴鹿さんたちも、ニコニコしているならそれが一番なのに、あの堅物陰険男ったら……)
 つい余計なことを思い出し、ムッとしそうになる口許を抑えた。それこそ不機嫌な顔をするべきではない。気を取り直して、新婦を見上げる。
「綺麗ですっ鈴鹿さん」
「そうー? なんだか自分じゃないみたいなんだけどね、ありがとう」
 はにかんで笑う彼女は、こちらの言葉を社交辞令だと思っているようだ。普段の鈴鹿は飾らない人柄なので、褒め言葉が照れくさいのだろう。
 写真撮りましょうかと同じテーブルの女性が申し出てくれたので、カメラを渡して写してもらう。朝倉と、琴理と鈴鹿とおまけの新郎が収まった画面を見て、にっこりしてしまう。
 結婚式に出るのは初めてではないが、義理や家関係のものばかりだったので、純粋にうれしかった。
 最初を考えれば、ここにいることも不思議なのに。
 身を屈めた鈴鹿が、こっそりと耳打ちしてくる。
「彼も招待してあげられなくてごめんね。一緒に居たかったでしょ」
「何の話ですかっ、まったく無用なお気遣いですからっ」
 反射的に否定を返すが、ニヤニヤと笑うばかりできちんと受け取ってもらえない。『うんうんいいんだよわかってるから』と、頷く彼女は、仲が良くなった当初から何故かお目付け役だった男と琴理の仲を勘違いしているのだ。
 どうしたらその誤解を解いてもらえるのだろうか。
 頬を染めて恨めしげに睨んだ琴理に、花嫁らしくないあけっぴろげな笑顔を見せて、鈴鹿は史鷹の隣に戻る。
「あとでブーケプルズするから、琴理さんも参加してね!」
 朝倉に向かって窺うように首を傾げると、頷いてもらえたので琴理は小さく手を振って了解の返事を送った。
 鈴鹿とのやり取りを見ていた朝倉が、琴理に優しいまなざしを送る。
「仲良くなれてよかったねえ」
「鈴鹿さんが、許してくださったから……」
 本当に、どうかしていたと自分でも思うくらい二人に対して失礼な態度を取っていたと思うのに、一度謝っただけで許してもらえたことが不思議でならなかった。
「あの子は鏡だからね」
「鏡、ですか……?」
「好意には好意を、素直に返してくれるよ。琴理さえ間違えなければ、得難い友人になってくれるだろう」
 朝倉の言うことはいつも深くて、時折ちゃんと意味をくみ取れているのか不安になる。
 忘れないようにしようと琴理は頷いた。

  
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