――ご結婚おめでとうございます。
お二人の輝かしい門出を祝福し、前途ますますのご多幸と御家族皆様方のご隆盛をお祈り申し上げます――
「……南条歴」
式場に届いた祝電の一つを前に、ピリピリした表情のフミタカさんに、遠い目をしたあたし、興味無さげなみどりちゃん。困惑した筧さんがため息を吐き出す。
「俺の一存で廃棄するわけにもいかんからな。……どうする?」
「燃やせ」
「いやいやフミタカさん、一応、お祝いだからさあ」
「呪いの間違いだろ。せっかくのめでたい日に水差しやがって」
まともに見たくもないと、フミタカさんは祝電を取り上げてゴミ箱に叩き込んだ。
ああもう。
子どもね、と呟いたみどりちゃんに同意だ。本当に南条家がからむと大人げないんだから。
「早く着替えないと時間が押すぞ」
なかったことにしたいらしいフミタカさんの脇を通り過ぎ、あたしはゴミ箱から捨てられた祝電を拾い、埃を払った。いや、ホントは埃ついてなかったけど気分ね、気分。
「すず」
低くあたしに呼び掛けてくる不機嫌なフミタカさんに、肩をすくめる。
「祝いでも呪いでもほっとくと余計なんかありそうでしょ。読み上げないから。筧さん、コレあたしの荷物に入れといてください」
「ああ。……いいのか?」
プイッと顔を背けて不満を示す彼を気にした筧さんに窺うように訊かれて、あたしは頷いた。
無視しても無視しなくても厄介だとわかってるんだから、当たり障りないほうをあたしは取りますよ。
残りの祝電をみどりちゃんに手渡し着付けに入る。
後日お礼状でも送ってお茶を濁すしかないな。
というか、南条氏ってば絶対フミタカさんのこの反応見越して電報打ってきてるよねえ。
愉快犯? 意外と構いたがりなのか。
ご機嫌とらなくちゃいけないあたしが苦労するんだよ、もう。
着替え終わっても、フミタカさんの仏頂面は治ってなかった。
あたしが目の前でくるくる回って見せても、ちっともこっちを見やしない。
ふてくされた子どもみたいな態度じゃ、渋いダークグレーのフロックコートが台無しだ。
ムッと眉を寄せたあたしは、フミタカさんの頬を両手で挟み込んだ。
「旦那さん! 可愛い嫁放っといていつまでも根暗い顔するならあたしにも考えがあるよ!」
ぶに、と頬肉を寄せて変顔させると、うっとおしそうに手を払われる。
「……なんだ考えって」
お前の考えなんてろくなものじゃないだろう、と冷めた眼差しを寄越したフミタカさんに、胸を張って言ってやった。
「妻を蔑ろにするようなら、実家に帰らせていただきます!」
この場合、木内家でも来生家でもどっちでも可だ。
この件に関しては両親ズはあたしの味方だろうからね!
エヘンと鼻息荒く宣言すると、フミタカさんは疲れたようなため息を溢した。
「お前それは卑怯だろ……」
「なに言ってんの。ちっちぇこと気にしてめでたい日に水差してんのはどっちだっつうの」
眉間のシワに指を突きつけてグリグリしてみる。
その手を掴んだフミタカさんは、反抗を諦めたのか天を仰いだ。
「……俺だな」
「そうだよ」
それこそあっちの思うツボだというのに。
縁は切った、関係ないって言って、一番意識してるのはフミタカさんなんだよね。
隙を突かれないために警戒するのはいいけれど、余裕をなくしちゃ元も子もない。
あっちのジャブくらい軽く笑ってかわせるくらいじゃなきゃ、いつまでたっても南条父に玩ばれるだけだ。
「……お前、ほんっとうに図太くなったよな……」
悲しげに呟かないでください。
誰のせいだっつうの。
「まだ本人が乗り込んでこないだけマシじゃない。今のところ手出しはしないって意思表示だと思うんだけど?」
「今のところ、な」
苦虫を噛み潰すフミタカさんの頬を摘まんで、「あっちが舐めてくれてるうちに、力をつければいいでしょ」と諭す。
しみじみと見返された。
「逞しくなりすぎ……。ちょっとは俺が守る余地も残しておいてくれ」
フミタカさんがヘタレを治せば問題はないと思うの。