At a wedding #18
 
 

『――皆様盛大な拍手でもって、お迎え下さいませ。しっかりとした新郎のリードで、新たな装いの新婦が進まれます。咲き開き初めの薄紅の薔薇のようなドレスが、本日の新婦によくお似合いです』
(まったくもう隣にいるのがあの野郎じゃなきゃもっといいのに……だからって他の男でもいいわけじゃないけど)
 心のボヤキは表に出さず、みどりは予定通りに司会をこなす。
 扉から新郎に支えられて歩む新婦は、少し固い表情だ。
 先ほどより緊張しているのは、お色直ししたドレスのせいだろう。
 なにしろ普段の鈴鹿なら照れまくって着ないような、可愛らしいピンク色を重ねた、フワリとしたシルエットのドレスなのだ。
 司会進行の打ち合わせのときに、散々言い淀んで「似合わないと思うけど! フミタカさんとか茜とか、おかーさんたちまでプッシュするから!」と言い訳して恥ずかしがっていた鈴鹿を思い出し、みどりは目を細めた。
 ピンク色といっても、ほんのりグレイが入ったような、落ち着いた薄紅だ。ドレスについた装飾の花やリボンも深いワインレッドと藤色で、しっとりとした雰囲気に抑えられ、鈴鹿が気にするほど可愛らしさ全面押しでもない。
 あの男の一押しだというのが腹立たしいが、とてもよく似合っている。
(ま、恥じらう鈴ちゃんも可愛いからいいけどね)
 次のお色直しのタイミングで自分も一度引っ込むから、絶対に写真を一緒に撮ろうと決意して、マイクに向かう。
『これより新郎新婦が各テーブルにご挨拶に参ります。お色直しドレスクイズの正解者さまには、のちほど景品をお渡しいたします』
 アナウンスはBGMと、新郎新婦の動くタイミングに合わせなければならない。なかなか神経を使う役目だが、宴の進行をコントロールできる点でやりがいがあった。
 招待客席で新郎新婦を眺めてイライラとにこにこを行ったり来たりするよりは、関わって忙しい方が精神衛生上いい。
(私が司会を引き受けたときのあの野郎の顔! ざまあみなさいだわ。気に入らない相手に人生の大事な日を手助けされたと、今日を振り返る度に複雑な心境になるがいい!)

 ――どうしてみどりちゃんはフミタカさんにキツいかなぁ。
 顔を合わせればイヤミの応酬で、間に挟まれる鈴鹿には申し訳ないと思わないでもないが、とことん奴と自分は相性が悪いのだ。
 可愛がっていた子を中途半端に囲い込み続けたかと思うと、自分が苦しいからと解放すると見せかけて、やっぱりやめたなんていう、ハッキリしないウザい男に対してかけてやる情けなど、自分にはない。
 言ったことはなかったが、『南条史鷹』という人物を、みどりは来生に入社する前から知っていた。
 友人の一時の遊び相手という間接的な立場で。
 だから、あの男は最初から自分の『敵』だったのだ。
 ――彼女は高校の同級生だった。
 この世の中の白い部分を集めたような少女で、自分にはない柔らかな空気にみどりは惹かれた。
 みんなの和の中にいてもどこか馴染めないでいる彼女を放っておけず、必死に仲良くなったものだ。
 その彼女が、大学に入って恋をした。内も外も難しい厄介なタイプの男に。
 南条は二学年上の他校の男だったが、噂は聞いていた。
 付き合うときは一対一だが、誠意があるとは言い切れず、他人にも恋人にも関心がない冷たい男。
 なんでよりによってと思った。
 だけど、あの男が相手をするのは遊び慣れた引き際のよい女だけ。真剣に想いを寄せる者は、煩わしいのか最初から見向きもしない。
 だから、複雑だけど安心していたのに――
 こちらが思う以上に、一途だった彼女は、それならと自分を変えてしまった。
 あの男が相手をするような、世慣れた仕草で異性を誘う、女に。
 柔らかな彼女はいなくなった。
 消えたわけではない。ずっと奥に封じ込め、代わりに蠱惑的な笑みを纏うようになっただけ。
 変わった彼女は願い通り想い人の傍に侍ることができた。
 ほんの、数ヶ月。
 終わったあと、「心配かけてごめんね」と寂しげに微笑んだ彼女を見て、泣いたのはみどりのほうだった。
 彼女にとって、その短い蜜月は本来の自分を曲げてまで手に入れる価値があったのか、その恋の最初から最後まで部外者でいるしかなかったみどりにはわからない。
 全て、彼女が選び、納得してのことだったから、報復してやりたい気持ちを呑み込んだ。
 しばらくして彼女は、南条に片恋していたときも、ずっと近くで辛抱強く見守っていた別の男と付き合いはじめる。
 一連の出来事で大人びたけれど、またもとの笑顔を取り戻した彼女を見て、ようやく安心したのだ。
 そして社会人になり、鈴鹿と出逢い、あの男と一緒にいるのを見たときは、また同じことが繰り返されるのかと憤った。
 断固阻止するつもりだった。
 ――でも。
 自分以外の誰かを慈しむ瞳。他者を排除していたくせに、どんな心境の変化か仲間と関わり合い、ふざけて、心安く笑う。
 今度は、変わったのは男のほうだった。
 変わったというか、あれが本来の南条なのかもしれないが――それを引き出したのは、鈴鹿で。
 いつも誰かを存在だけで翻弄していた男が、ずっと年下の小さな娘に逆に振り回されて、心を奪われている光景が愉快だった。
 端から見ている者たちにはわかっていた心の動きが、本人たちだけわかってない様に呆れてしまう。
 なんだかんだと言い訳をして、こちらの気を揉ませて、ようやくくっついたと思ったら――
 みどりは披露宴会場内に目を向け、一つ一つのテーブルの人々と新郎新婦の関係の軽い説明を挟んでいく。
 スタッフからドルチェの追加を受け取った新婦が、頭上に向かって何事か訴えた。新郎は上体を屈ませ大人しく拝聴する。
 神妙にしていたかと思ったら、ニヤリと意地の悪い笑みを閃かせ、彼は新婦の身体に腕を回し、持ち上げた。
 鈴鹿の色気のない悲鳴がこちらまで届く。
 新婦をお姫さま抱っこしたまま、残りの席を回り、そこそこ酒が入っていた人々が囃し立て、盛り上がる様子を呆れて眺めた。
(バカップル……。ホント、目を疑うわ。すっかり嫁馬鹿になっちゃって)
 若かったころの、彼の虚しい行いを許したわけじゃない。
 だが、彼を非難できるのは彼と直接関わり、傷ついた者だけだ。
 みどりが南条に隔意を持つのは自分勝手な感情で、幸せになった親友も望まないだろう。
 もし、また南条が昔の彼に戻るようなことがあったら、そのときは。
 べちり、と鈍い音がして、新婦が新郎の腕から抜け出した。
 頬を膨らませて一人で高砂に進む鈴鹿を、笑いながら史鷹が追い、会場内が笑いに満ちる。
 ぷりぷりしている鈴鹿を宥めて、史鷹はその手を取った。手袋の上から左の薬指にくちづけて、満足げに微笑む。
 鈴鹿は呆れたように眉を上げ、諦めの息を吐いた。
 二人揃って一礼して、席に座る。
(もう、まとめるのが大変じゃないのよ)
『いつも仲の良い二人より、幸せのおすそわけでした。熱さにあてられて中のドラジェが溶けていても、どうぞお許しくださいませ』
 クスクスと笑い声を耳にして、みどりも笑顔を浮かべた。
 ――もし彼が道を外れたそのときは、きっと鈴鹿が叱咤するだろう。
 みどりが大切に思う子を二度も奪った男で、敵で、ムカつく野郎だけれど。
 幸せそうに笑えるようになった変化は、そう悪くないと思う。

  
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