恋愛ではないと、史鷹も彼女たちも言う。
史鷹と彼女たちの間にあったのが、ただの性愛なら鈴鹿は気にしなかった。
そこに心はないから。
だが、史鷹のことを気遣い、想い人と思われる鈴鹿にコンタクトを取り、友好関係を築いた彼女たちにあるのは、愛情だ。
あからさまに、史鷹の様子を訊ねられることはなかった。
世間話のついでにふと漏らした彼の近況を耳にして、どこか安堵するように微笑む、それくらいだった。だからなおさら、気にかけているのだと感じた。
笑みを交わす彼女たちの間の連帯感。
そのころ史鷹とはただの同期だっただけの自分にはわからない、彼の恋人だったことがある人たちが持つ、絆のようなもの。
その中には入れないことが寂しかった。
「みんなに安心して欲しかったの。でも、見せつけたいって気持ちもあった、のかな……」
過去に彼との時間を過ごした女性たちに、自分たちの幸せを見せつけたかった、なんて。
今さら気付いた無意識の対抗心に、鈴鹿は目を伏せた。
(我ながら心狭いなぁ)
彼女たちから聞く史鷹の姿は、『いつも隙のない男』だった。
確かにそういう面もあると知っていたけれど、鈴鹿の前での史鷹は違うから。
当たり前だけれど、自分の知らない史鷹がいる。鈴鹿に見せない顔を見ていた者がいる。それが悔しかった。
黙って鈴鹿の言い分を聞いていた史鷹は、目を瞬く。
「なあ鈴鹿。それってヤキモチか」
「……だったらなに」
何やら楽しそうな花婿の声音に、鈴鹿はムッと眉を寄せた。
史鷹の想いは自分のもとにあって、揺らぐことはない。
だから、この嫉妬は意味のないものだ。
そんなことはよくわかっている。
わかっているけれど、モヤモヤするものはするのだ。
よりにもよってその原因に楽しまれる覚えはない。
花嫁に下から睨み付けられたというのに、花婿の気分は上向く。
「そうか。昔のこととはいえ、妬いてももらえないのかと拗ねるところだったぞ」
「……ナニそれ」
ヤキモチなんて焼きたくなかった鈴鹿は、史鷹の言葉に怒っていいのか呆れていいのか迷う。
「心が広すぎる嫁さんだと、今まで情けないことばかりしていた旦那は不安になるんだよ」
中途半端に身体と情を重ねて、自分だけ綺麗に別れたつもりで、彼女たちの内に心配という未練の欠片を残した。
史鷹という影を残したままでは、彼女たちとて自らの幸せを追いきれない。
だから、却って良い機会だろう。
レースの手袋に包まれた鈴鹿の手を取って、ふと唇に笑みを刻む。
「こうなったら、彼女たちが呆れるくらい目一杯幸せだってところ見せて、心配無用だって理解してもらおうか」
「バカ夫婦宣言!?」
何かを開き直った史鷹の表情に、鈴鹿は思わず戦(おのの)いた。
『――新郎新婦がお色直しをすまされまして、ご入場されます。皆様盛大な拍手でもって、お迎え下さいませ』
体勢を整える間もなく、アナウンスとBGMに合わせて扉が開く。
招待客は、蕩けるような笑みを浮かべた新郎に腰をガッチリ捕まえられ、ひきつった笑いを貼り付かせた新婦を目にしたのだった。