At a wedding #8
 

 ――なんだかんだとあの子に対して他の者が陰口を叩いても、邪魔をしても、選ぶのは彼なのだ。
 作った冷たい笑いや堅い冷めた顔しか見せない男が、あの子の前では頬を緩めて安らいでいる。
 一目瞭然にわかる答えが、欲に眩んだ者たちには見えなかったのだろうか。
 自分も、あの人の気を引くためにいろいろと馬鹿なことをしたけれど、実際に彼がこちらを向いていたら、きっと逃げていただろう。
 それくらい、彼が重いものを背負っていることは、きちんと見ていればわかる。
 ヘラヘラ笑って、その彼の隣におさまっているあの子の神経は、相当に図太い。
 だからこそ、彼はあの子でなければ駄目だったのだ。
 入場する二人を目にした瞬間、秘書室の皆の拍手に熱が入ったのは、日頃のあの子をよく知っているからかもしれない。
 うんうんと頷き、満足を示した部下たちが、微妙にずれた意味を感じる歓声を上げた。
「鈴鹿ちゃん化けたっ! 可愛いっ」
「コツコツと積み重ねてきたお小言が報われた……!」
「ちゃんと花嫁さんしてますね!」
「しかし、ヒールを履いてもあの身長差はごまかせなかったかー」
 口々に囀るのは、比較的新婦と友好関係にある者たちだ。突然秘書室にやってきて、彼女たちの目には特別扱いとしか思えない態度を上にとられているあの子に、キツイことを言いつつも、親しんできた。
 身形にケチをつけたり、言葉遣いに難を言ったり、ファッションや振る舞いに口出ししてきたことすべて、結局はあの子の実になっている。受け取る方の心構え一つでひっくり返るそれらは、うまく作用した。
 あの子が配属される以前、同じように扱われてやめた子がいることを思えば、やっぱり図太いと言えるだろう。
 ――そうでなくては、いずれ社の頂点に立つ者の伴侶など務まらない。
 玉の輿という女の夢だったり、夫となる者がいい男というだけで受け入れるには、社長夫人というのは少し荷が勝ちすぎる立場だ。やっかいな彼の相手としても。
 あの子は何もせず奥さんだけをしていればいいと思う性格でもないから、自ら苦労に突っ込んでいきそうだし――そうして面倒に巻き込まれるのだ、みんなして。
 特に周りにいる者たちは、あの子の起こす面倒を楽しんでいる節がある。当人がいつまでも年齢に見合う落ち着きを備えられないのは、彼らが好きにさせているからだと思ってもいる。
 南条組、と言われていたあの一角は、よくぞここまでというくらいの逸物が揃っているため、処理能力も優れていて大抵のことでは揺らがない。故に、どんな揉め事も楽しんでクリアできるのだろう。
(悪い方向に甘やかしすぎなのよね――)
 あの子の、なんだかわからないうちに他者を巻き込むパワーは、積極性が無いよりは良いことだと、彼女だってわかっているのだ。
 しかし、ついていけない者もいるのだということを、彼らにはわかっていてもらいたい。
 彼女だって、意地の悪い姑のように対したくはないのだ、本当は。
 だが、仲間の中に軌道修正するものがいないならば、気がついた自分が注意するしかないではないか。
(あの子は自分がどんな立場に置かれることになるのかわかっているくせに、無謀だから……)
「主任は挙式も出席されたんですよね。ウェルカムボードにあった和装、直接ご覧になったんでしょう? どうでした?」
「着物も良かったわよ。洋髪にマリアベールが意外と似合ってて……そういえば、着物の方が童顔が目立ったわね」
 皆に愛想を振り撒きながら雛壇へ向かう新郎新婦を眺めながら、彼女は朝の式の様子を思い出した。
 高らかにこれからの幸せを宣誓する、あの言葉は、二人によく合っていた。
 素直に、いいお式だったと言える。
 それもこれも、自分に余裕ができたからだとわかるのが、悔しいところ。
 またため息をつきそうになり、慌てて飲み込むと彼女は表情を引き締めて笑みを作った。辛気臭い顔は、今日のこの場にふさわしくない。
 一時、新郎である彼を追いかけていた、と思われる行動を取っていた自分が物憂げな顔をしているとどんな誤解をされるか。騒動の種を撒くわけにはいかない。
 新郎側の席に座る、涼しい顔をして二人に祝福の拍手を送っている自分たちの上司を、こっそり睨む。
 あの人や彼のように複雑な人生を背負っている相手には、こちらも図々しいくらい面の皮を厚くして立ち向かった方がいいのだと、あの子に教えられたとは――やっぱり癪だから言いたくないけれど。
 お互いに目を交わし、気持ちを通じ合わせて微笑む彼とあの子を、羨ましいと思う自分を認めることにした。

  
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