At a wedding #7
 
『まもなく新郎新婦が入場いたします。お二人が入場されましたら、盛大な拍手でお迎え下さいますようお願い申し上げます』
 素人とは思えない滑らかなスピーチで司会を務めるのは、企画室次期課長と目されている女性だ。直接、会話したことはないが、同期の中で新婦と一番仲が良いらしい。司会を引き受けるくらいだ、二人の信頼も厚いのだろう。
 よく社内で親しげに話しているところを見た。
 新婦とは正反対の中身も外見も隙のない才女なのに、気が合うのを不思議だと思っていた。
 ――地味で普通、あと、小さい。それが本日の主役である彼女を見て、誰もが抱く印象だ。
 特に、目立つ子じゃない――
 総務部秘書室の下位部署である受付にいたため、顔は知っていたし、何かと噂のある人物の傍にいたから、おおまかな人物像も聞いていた。
 好意的じゃない者から聞く新婦の人となりは、一貫して「狡賢い要領のいい子」。何とも思っていない者は、「子どもっぽい外見に反して、意外と有能」。好意的な者は、「可愛くて面白い、いい子」――と。
 良くも悪くも評価が分かれるのは、基本的に周りを気にして自分を作ったりしないからだろう。
 あの子を腹立たしく思うのは、自尊心ばかり高くて自分自身というものがない人間に多い。――私も含めて、と彼女は自嘲気味に唇を曲げた。
「ほんっとに豪勢ですねー。うらやましいわ、鈴鹿ちゃん」
 大人数が窮屈にならずに席に着けるようセッティングされた席次、白と緑を基調に生花がふんだんに飾られ、装飾やテーブルに上品な金色がセンス良く配されていた会場を見回して、隣の部下が感嘆をもらした。
 プログラムによると二回ほどお色直しもするらしい。洒落っ気というものを成長途中のどこかで置いてきたあの子が、花嫁として飾り立てられるのに耐えられるのかしら、大丈夫なのかしらと余計なお世話ながらも心配になってしまう。
 会場には、彼女たち同僚のほかに重役や取引先の要人も揃っている。
 同意の頷きを返しながら、でも、と付け足した。
「……その分重責もあるでしょうけれどね」
 彼女は諦め混じりの吐息をこぼし、何とはなしに席辞表を目にした。凝視する部下たちに気づいて眉を上げる。
「なあに?」
「いえ、主任は彼女のこと嫌ってるんだと思ってたんですけど、そうでもないのかなって 」
 今の発言を耳にして、どうしたらそんな感想が抱けるのか疑問だったが、彼女は頷いた。
「……そうね、嫌いじゃないわ。なんていうのかしら……悪い子じゃないのはわかってるんだけど、なんとなく、こう、癇に障るというか……つい口を出してしまうというか」
 晴れの日にふさわしくないため息をついた彼女に、部下は思わず吹き出した。
「わかります、それっ! よくも悪くも弄られ体質ですよねー」
「あのギャップが余計に突っ込みたくなるのっ」
 本人は落ち着いているつもりらしいが、こちらから見ればまったく落ち着いてない。
 つつくと反応が顕著におかしいので、つい構ってしまう周りの人々の気持ちがわからないでもない。
 いっそのこと、彼女もあちら側に立てれば楽だったのかもしれないが、今さら無理だった。
 次期社長と秘書室長のお気に入りという鳴り物入りで秘書室に配属になったあの子は、とにかく彼女の勘に障った。
 本人が、「どうしてわたしここにいるんだろう?」というとぼけた顔をしていたのが、なおさらと。
 ――私がこの場所にくるために、どれだけ努力したか知らないで、運とコネだけで上に来て。
 好きでここにいるわけじゃないんですよ、という態度が透けて見えるのが、気に入らなかった。
 小姑めいた小言を言ってしまうのも、仕方ないと思う。
 もちろん、そんなことは彼女の八つ当たりで手前勝手な理屈だともわかっている。
 こちらの事情などあの子が知るわけもないし、戸惑いながらも仕事に関して手を抜いている様子もない。仕事をきちんとする限り、文句をつける権利もない。
 それでも、何かと理由を持ち出してキツク当たっていたのは――ただ、素のままで、好かれているあの子に対する嫉妬なのだ、結局のところ。
 あの子のように、感情を表していればよかった、なんて今だから思えること。
『新郎新婦の入場です。皆様、盛大な拍手を!』
 照明が落ちて、扉にスポットライトが集中する。
 なぜか腕を組まずに手をつないで入場した二人は、輝くような笑顔を浮かべていた。
 フロックコートを難なく着こなしている新郎が見惚れるほどなのは当然のことながら、ウェディングドレス姿の新婦も負けないくらい綺麗だった。いつもの構わない様子が嘘のよう。
 耳に煩いくらいの拍手の音に、クスクスと笑いが含まれる。それは二人の笑顔に引き出された暖かい気持ちを含んだもので、こちらにも伝わってくる。

  
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