#5
 
 立ち止まっているわけでも、先に進みたくないと考えているわけでもない。
 いなくなった彼を思い続けることに、意地になっているわけでもない。
 ただ、私はあの頃も今も、私の心が向くまま、琢磨を想っているだけなのに。
 ――どうしてみんな、同じことばかり――
 なんにもない空間にペタリと座り込む。
 無理をしていない、死んだ琢磨に義理立てなんてしていないと言っても、わかってくれないみんなに、私は疲れ果てていた。
 言葉を尽くせば尽くすだけ、言い訳だととらえられて。
 私の気持ちを決めつけられる。
 それが何より、苦しくて辛い。
「頑固者」
 ぎゅっと俯いた頭を抱えられる。
「せっかく我慢して、お前を手放そうとしてるってのに」
「私のこと、勝手にやりとりしないで」
 腕の中から睨み付けると、余裕の笑顔。意地悪を、言うときのような、懐かしいその表情。
「もうしばらくは、矢坂に我慢してもらうか」
 ヤレヤレ、果林は仕方ないなぁ、なんて言いながら、得意そうに。
 ずっと君を好きでいる私を、愛しむ瞳をするから。

 この手を離せない。

「俺を、まだ好きでいる、それが果林の我が儘なら。
 ――いくらでも、聞いてやるよ――」

 意識が溶けてゆく。
 待って、まだ。
 まだ、一緒に。

 ―― 一緒にいるよ、

 淡いささやきと口づけを感じて、涙が頬を滑り落ちた。
 瞬きをして、目を開けると、シンとした誰もいない部屋。
 カーテンの隙間から、日が射して外の明るさを教える。
 隣の部屋で、家族の起き出す気配。
 もう少ししたら、騒がしく起こしに来るだろう。
 その前に。
 もう一度だけ、名前を呼ぶ。

 哀しくて愛しい夢を、見ていた――。



 
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