#6
 


 ――お前、父親が欲しかったか?
 実花のパパは琢磨でしょ。小さい子には両親が必要だなんて、決まりきった常識のために果林ちゃんをお嫁さんに出すだなんて誰が許してもこの実花が許しませんっ。
 ――……ホントになー、お前はなー、誰に似たんだかなー。
 実花のパパは琢磨なんだから、琢磨に決まってるし。
 そう会話をしたのはまだわたしが幼い頃。
 夢の中で会う彼は、鏡の中の自分に似ている。
 わたしの姿は時を止めた彼に、どんどん近づいて、そしてこれから離れていくのだろうけれど。
 その不思議を、何故か今の今まで誰にも話したことはない。
「ねえ実花、後ろ大丈夫?」
「……果林ちゃんたらー、無理して仕事休まなくても良かったのに」
「なに言ってるの。大事な娘の入学式、あたしが出ないで誰が出ます」
 鏡の前で新しいスーツの具合を確かめている果林ちゃん――母に呟くと、即座に否を返された。
「いや、おばあちゃんたちも来るって言ってるし、勢ぞろい恥ずかしすぎる……」
「だって新入生代表よー! さすがあたしの娘っ」
 あの人はさすが俺の遺伝子、とか言ってた、と口にしそうになって黙る。
 ……夢の話だもん。
 よし、行こっか! と笑って振り返る母は若々しくて――実際、まだ三十四歳だし、十五の娘の母としてはとても若い部類に入るだろう。
 知らない人がわたしたち親子を見ると、年の離れた姉妹だと思うくらいに。
 果林ちゃんは十九のとき、わたしを産んだ。
 父は生まれたときからいなかった。
 わたしが果林ちゃんのお腹の中に芽生えるのと時を同じくして、彼は死んでしまったから。
 父は、果林ちゃんの幼なじみだった。
 病魔に冒され余命幾ばくもなかった彼の子どもを、果林ちゃんが身籠ったのは、まだ高校生のとき。
 確信犯だったよー、とその頃の自分たちの行いを笑って言う彼女に、愛する人に置いていかれた悲愴さは欠片もない。
 ものごころついたときからそんな感じだったから、母の、『病に倒れた恋人が残した忘れ形見を、女手ひとつで育てている健気なお嬢さん』という好意的に同情してくださる世間様の印象と、その現状『計画的犯行により子どもを作りました! 子育ては祖父母にオンブダッコです。大学も一年遅れで行きましたよ!』というちゃっかりぶりにギャップがありまくりだったし。
 ――お父さんがいなくて悲しくない?
 ――お母さん、大変ね。
 そんなありきたりな言葉も、見当違いだよと苦笑いするくらい。
 果林ちゃんはいつも幸せそうに笑っていた。

 ずっと続いている、
 まだ終わらない恋を抱いて、
 今も少女の様に微笑んでいる。

 矢坂くんのプロポーズも断っちゃうんだから、もったいない。
 父の親友だった矢坂くんは、よりによって“亡くなった友人の子どもを宿した果林ちゃん”を好きになってしまった難儀なひとだ。
 写真の中のチャラい父より、知的な感じでいい男。
 未婚の母・生意気なコブつきをわざわざ選ばなくても、女はいくらでも寄ってくるだろうに。
 果林ちゃん一筋なんだよねぇ。
 矢坂くんの気持ちは昔からわたしにだってバレていて、やっと告白したかと、その成り行きを固唾を飲んで見守っていたというのに果林ちゃんたら。
 ――無理して、琢磨のことを忘れずにいるわけじゃないの。
 ただ、まだ好きなの。
 しつこいなって、自分でも呆れちゃうけれど――自然にアイツが思い出になるまでは、想い続けたままでいたいんだ。
 まいったね、アレで矢坂くん果林ちゃんに惚れ直しちゃったよ。
 そうしてイバラの道を進んでいくんだなー。
 兄弟欲しかったのに。
 あいつなら、任せても良かったのにな、と呟いたあの人は、どこか寂しさの残る瞳で、だけど幸せそうに笑っていた。
 わたしが幼い頃から見ている夢の話をしても、果林ちゃんが父のことを思い出して悲しんだりしないだろう――いや、泣きはするだろうけど。
 やっぱり内緒。
 夢の中でくらい父をひとりじめさせていただこう。

 ――たぶん話をするときは。
 わたしたちが、二つ目の家族を作るとき。

「実花ー? 電車乗り遅れちゃうわよー」
「はあーいっ」

 笑って駆け出す春の空の下。
 わたしのパパとママは、まだ恋を続けている。

 繰り返し、繰り返し。
 何度でも咲き廻る花のように。

 ずっと同じで、いつも違う気持ちを持ち続けて。

 幸せを胸に抱きしめながら生きていく。

 いつかわたしも誰かと、そんな風な恋に落ちるのだ――。



 *了*
トモ様リクエスト
【花風〜Sweetdream〜】でした。
ご存じの通り、こちら【花風】のスピンアウト作品です。
前作を書いたのが二年前。
あのときと同じ雰囲気の文章を書きたかったのですが
当然ながら無理でしたorz
夢の中でも幸せな二人を、とのリクエストで
ちょうど、もし書くとしたらこういうネタだなと思っていたのとぴったりハマって。
ずいぶんお待たせしましたが、こんな感じになりました。
ぜ、前作台無しだったらスミマセ…!!
じんわり切なくて、でも幸せな気持ちを感じていただけたらなぁ、と思います。
(2010/05/28)

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