#2
「果林」
桜の下、娘の手を引きながら彼が振り返る。
花の白さに目の前が霞んで、一瞬二人の姿が見えなくなりそうで――小さく声を上げていた。
駆け寄ったあたしに腕を掴まれた彼が、驚いた様子で見下ろして来る。
「どうした」
「おかーさん?」
「……ううん、なんでも――」
差し出された大きな手と小さな手に、ぎゅっとしがみつく。
夢のせいだ。
今朝見た夢があんまり寂しすぎて、抜け出せないでいるだけだ――
「いい場所あいてるかなー?」
「かなー?」
クスクス笑いながら他愛のない会話を交わす彼と娘に、肩の力が抜ける。
「おかーさんイイトコ知ってるよー」
「ほんとっ?」
得意気に言うと、実花がハシャイで見上げてくる。
どうして子どもの瞳って、こんなにキラキラしているんだろう。
生きていることが嬉しい、楽しいとその存在全てでそう言っている娘と手を握り直して、反対側で同じように手を繋いでいる夫を見上げる。
愛しげに、見つめる未来。
きっと、同じ表情であたしも娘を見ている。
だから。
眩しいくらいのこの春の日ざしに、わけのわからない不安なんて、消し飛ばせばいい――。
「おとーさんっ、それ実花の玉子焼きっ! おとーさんはこっちの甘いの!」
「一切れくらいいいだろー」
「だめ! 実花、甘いのキライだもんっ」
「おとーさんはどっちも好きなんだ!」
シートに広げたお弁当を前に、娘と夫のいつもの言い争いが始まって、私は構わず黙々と自分の分を食んだ。うっかりしてると食べ尽くされちゃうから。
娘の食いしん坊は夫似。
でも味覚はあたし似なの、面白いなぁ。
彼の実家直伝の甘い玉子焼きは、いつの間にか慣らされちゃったけど。
幼稚園児の頃は、一切れずつ交換してたっけ。
「おとーさんおかーさん、遊んで来ていいっ!?」
お弁当を食べ尽くすなり、ソワソワしていた娘が突然立ち上がり宣言した。
駆け出した先は、ボール遊びをしている男の子たち。
「……俺には娘が一人だけのはずだが、息子がいるような気がするのは気のせいか」
勝手によその子達と球蹴りを始めたワンピース姿の娘を眺めて彼がぼやいた。
そんなこと言って、最初にサッカー教えたの自分のくせに。
娘と見知らぬ男の子たちが仲良く走り回っているのを、気に入らなさげに見ている彼がおかしくて、笑った。
見上げると、空に霞む春の輪郭。
毎年見ているのに、その度に、心を奪われるのだ。
桜を見ると――探してしまう、面影があった。
桜が見たいと――言ってた、君を。
わかっているのに、探してしまう――。
誰を?
だって、
ここにいるのに。
――は、ここにいるのに。