#1
花風〜Sweetdream〜
花風〜Sweetdream〜


 ――哀しい夢を、見ていた。

「果林? どうした」
 横たわったまま起き上がらず、潤んだ目から涙を流れるままにしていると、隣で寝ていた夫が覗き込んできて。
 見慣れたはずの、彼の顔に違和感を覚えて、ゆっくり瞬きする。
 ん? と訊ねるようにこちらを見る彼の瞳は、ひたすら甘い。
「……なんだっけ、なんか……めちゃくちゃ哀しい夢見てた」
「――実際泣いてるくらいなんだ、よっぽどだな」
 粒になって頬を滑る涙に唇を寄せて掬い取ってくれる。
 そんなやさしい仕草にも、違和感を覚え。
 また、涙が溢れる。
「おいおい、ホントにどうした? ガキの頃みたいだな」
 膝の上に抱えられ、ポンポンと背中を叩かれて。
 子どもみたいでいい。
 抱きしめられたぬくもりを、逃がしたくなくて、しがみついた。
 ――だって。
 いなかったの。
 あの夢の中には、一番必要な人物が、居なかった――
「ほら、いい加減泣き止んで、目を覚まさないと怪獣姫が突撃しに来るぞ」
 その彼の言葉が終わらないうちに、軽くも騒がしい足音がこちらに近付いてきて、ドカンとドアを開ける。
「おかーさんっおとーさんっ、外、晴れたよー! お花見、行こうっ」
 飛び込んできた鮮やかな明るい笑顔。
 結婚してすぐに授かった、今年八つになる娘は、子供の頃の夫によく似ている。
 女の子にしてはりりしい眉、我の強い瞳に、こまっしゃくれた物言い。
 夫に言わせると、気が強いくせに泣き虫な性格はお前似だ、ということらしいけれど。
「おー? なんだ実花。もう用意出来てるのか」
「だってぇ」
 ベッドから降りる間際にあたしの頭をかき混ぜて、駆け寄ってくる娘を片手でヒョイと抱き上げる彼。
 昨夜寝る前に約束していたお出掛けを期待して、娘の実花はご機嫌だ。
「おかあさんっ、はやくっ、お弁当つくろう」
 輝くような笑顔に微笑み返して、あたしは夢の残滓を振り払った。


 ――幼なじみの彼にプロポーズされたのは、大学を卒業して、就職し仕事にも慣れた二年目のこと。
 思春期辺りから、意地悪や憎まれ口ばかりで人に突っかかってきていた彼と、そういう仲になったのは大学に入ってからだ。
 付かず離れずにいた腐れ縁の幼なじみ関係が、ずっと続くと思っていたのに。
 いい加減素直になれよと、自分こそ素直じゃない言いぐさで、突然恋人にされたのだ。
 彼にはセフレ状態の女が余るほどいたし、ただ単に、自分の持ち物だと思っていた幼なじみを手放したくなくて――小さい頃お気に入りだった玩具を、成長と共に片付けなきゃいけなくなったときのような――そんな気分だったんだろう。
 泣きたくないな、でも多分泣いちゃうんだろうな、と思いつつも自分から別れなかったのは、やっぱり、あたしも好きだったから。
 どうせ長続きはしないんだから、甘い態度、今のうちに堪能しておこう――。
 そう思っていたのがとんだ間違いだったと気付いたのは、暫くしてから。
 彼はあたしと付き合いはじめてすぐ、不特定多数の彼女たちとキッパリ縁切りし、朝も昼も夜も、束縛するようになって。
 男どころか女友達にも妬いて、拗ねながら、お前の全部は俺のなんだからなと、無茶苦茶なことを言い出した。
 ぎゅうぎゅう抱きしめられながら言われるそれに、戸惑いつつも慣れて行き。
 どうやら一時のことではなく、ホントの本気でそう思っているのだと理解したときには、いわゆる“給料3ヶ月分”な指輪を渡されて。
 結婚式で、義母となった“おとなりのおばちゃん”に、彼の園児時代からの壮大な『果林ちゃんと作る家族計画』を聞かされたときは大爆笑して――やっぱり泣いた。
 どこまでが彼の家族計画に入っていたのかは知らないけれど、めでたく娘も授かって。
 もう一人くらい、欲しいかなと最近話している――夢みたいに、幸せで平凡な日常。
 夢、みたいに――。
 

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