水族館のある海洋博公園にはほかにも興味のある施設がいっぱいで、あそこも行きたいここも見てみたいという欲が出てくる。
時間に限りがあるのが惜しい。閉館時間が夏場より早いんだ。
RPGにでも出て来そうな螺旋を描く塔を窓に眺め、食後のお茶をいただきながらあたしたちはこのあとの相談をしていた。
あたしが水族館を全然見足りないと思っていたことが頭にあったのか、フミタカさんがジンベイザメに給餌やイルカショーの時間を確認して提案してくる。
「明日もう一回来るか? 空いている時間帯なら、水族館もゆっくり見られるし」
「うーん……でも、やんばるドライブも捨てがたいものー」
明日は時計と逆回り方向で七〇号線を辿って途中途中でやんばる歩きを楽しんで、最終的に辺戸岬まで夕陽を見に行く予定にしてるんだよね。
そこかしこでもらってきたパンフレットやガイドブックとにらめっこし、よしとあたしは顔を上げる。
「ええとね、そこのドリームセンター回ってー蘭見てー、夕方最後のイルカショーに間に合うように、水族館方向に戻りつつ、時間と人出が大丈夫なようだったら、もっかい水族館入る!」
テキパキ行けば何とかなるでしょ。そして明日は最初の予定通りに行動です。
「それでいいのか?」
「うん。夕方のほうがすいてるっぽいし、時間ぎりぎりでも結構見られることを期待しとく」
あ、さっき人が多すぎて買えなかったお土産も購入したいな。ジンベイザメのぬいぐるみを……あたしと茜とみどりちゃん家の分と琴理さんにもあげようかなっ。
指折りそんなことを呟いていたら、お土産多すぎだろというツッコミが。いいじゃん、たまの機会なんだからー。
……今日ホテルに戻ったら、誰に何を買ったかリストして見直そう。
フミタカさんに知れたら、ほら見たことかと更なるお小言をいただきそうなので、こっそりね、こっそり。
車は水族館近接の駐車場に置いてきていたので、そのままのんびり――よりも心持ち早めの足運びを意識しながら、まずはさっき見ていた面白い形の塔があるドリームランドへ。
けっこうな種類の蘭がまだ咲いていて、見ごたえがあった。冬に花が咲いているのを見ると、得した気分になるよね。
オオオニバスのところではフミタカさんに「鈴鹿なら乗れるんじゃないか」とお約束に持ち上げられかけて、ちょっとした揉み合いに。
やると思ったんだよ。乗れないからね! これでも成人女子の体重ありますからね!
特徴ある塔は遠見台だそうで、高さ三十六メートル。ゼイハア言いながら螺旋階段を登った後で、エレベーターに気づくとか、ていうかフミタカさん知ってたなら言ってよ……!
周りの植物が南国のものなのも併せ、ここの風景はちょっと不思議なシチュエーションだった。
「しかしあれだな、天気がいいし歩くから上着があると少し暑いと思ってたんだが」
「海風けっこう強いねええ寒いねえええ」
フミタカさんが漏らした言葉にあたしはうんうん頷く。
日差しはすっごくあったかいんだけど、風はさすがに冷たくて。パーカーの前を合わせて海から吹いてくる風に耐え、景色を堪能したあとはそそくさとエレベーターで下に降りたのだった。
「ショー四時からだったよね? あと三十分だよー、座れるかなぁ」
「大丈夫だろ。立ち見でも――鈴鹿、ま」
ま? とフミタカさんの声を不思議に思う暇もなく、肩に衝撃を受けてあたしはよろけた。
ふいうちに踏ん張ることもできずバランスを崩したあたしが転ばなかったのは、ひとえに衝撃の原因である物、ではなく人がとっさに支えてくれたからだ。
急ぎ足だったあたしは、フミタカさんを振り返って話しかけていたために、進行方向にいた人物に気づかずぶつかったらしい。
――ま。まえ、前か!
「すみません!」
「びっくりしたー。大丈夫……」
顔を合わせた加害者(あたし)と被害者(だれか)の「あ」という間抜けな声が重なる。
二度あることは三度ある? いやなんか違うか。
ぶつかったのは、空気読めない例の青年そのひとだった。
ぱくっと口を開けて首を巡らせれば、苦い顔をしているフミタカさん、そしてどういう顔をすればいいかわからないと言った感じの美人彼女さんがこちらを見ていて。
「……えーと……奇遇?」
「また会っちゃたねー」
ヘラッと能天気に笑う彼に、ひきつった笑いを返す。
いや、同じところに泊まってるし、そこから観光地を回ろうと思ったら行動範囲がある程度一緒になるのはわかるんだけど。
なんでこう彼らとばっかり重なっちゃうのかな! 間違いなく厄介ごとがやって来るよ!
「なんかこう、偶然も重なると運命感じちゃうね」
唯が三回くらいで運命を語るな! というか彼女連れのくせに新婚夫婦の片割れに誤解を招く意味合いのことを言うな。
ニコニコと人懐っこい笑顔の男は、絶対何も考えていない。
一対一ならナンパだと思われるような言葉を口にして、それを耳にした我が旦那様とか恋人である彼女さんがどう思うとか、まっっっったく、考えていないに決まっている。
気の利いた洒落のつもりなのか、コラ。
一番こういうとき何か言いそうなフミタカさんは、どういうわけだか彼とは絡まないと決めたらしい。
「鈴鹿、間に合わなくなるぞ」
リアクション無視で、時計を指先で叩いて知らせてくる。
「あああ! イルカ!」
「え、なになに? 何事?」
「ぶつかってすんませんっした! 急ぐのでこれで!」
微妙に会話ができない相手といちいち話し込んでいては目的に間に合わない。
失礼は承知で荒い詫びを入れ(彼女さんには九〇度のお辞儀をし)、あたしとフミタカさんは手を繋いで走り出す。
別に逃げるようにしなくても、って頭のスミでおもったんだけど、そこは勢いっていうか。
だってイルカちゃんが待ってるんだものー!
バタバタと順路を走り通してショーの場所まで駆け込み、周囲の人に不思議そうに見返されつつ、何とか席を確保。
はあやれやれと息をつき、顔を上げるとフミタカさんの愕然とした表情が目に飛び込む。
なんだどうしたと訊ねようと、口を開き――人の気配をすぐ後ろに感じて口を閉ざす。
「あー疲れたああ! 全力疾走なんて久々だー! 敦子さん、大丈夫?」
「…………」
彼女さんは何も答えられないようだよ。
どすん、とあたしたちの後ろに腰を下ろしたカップルは、なんというか、彼らだった。
――なんでついて来てる!