はにー・むーん

*5

 旅行先でのあたしの朝は早い。
 遠足が楽しみでハイテンションになるのと原理は同じだ。
 せっかくの旅行だしね! 時間がもったいないよね!
 そんなわけで、二日目の今日、六時過ぎにはバッチリ目が開いていた。
 予定している起床時刻はゆっくりめの八時だったから、ずいぶん早くに目覚めてしまった計算です。
 二度寝ができないものかしばらくゴロゴロしてみたけど、完全に目が覚めてしまったらしく、眠気はやってこない。
 隣でまだ寝ているフミタカさんの眉間のシワを指先で押してから、一人ベッドを抜け出た。
 カーテンの外はまだ暗い。今日も曇りかなー、とがっかり半分、隙間に頭を突っ込んでみる。
 思わず出そうになった感嘆の声を、ぐっと堪えた。
 空と水平線の境がうっすら明るい。
 まだ薄い空色に流れる雲が銀に光って、頭を出しかけている太陽はオレンジ、桃色のグラデーション。ちょうど日の出の時間にあたったみたいだ。
 興奮のあまり叫びたい気持ちを我慢して、あたしは部屋に取って返す。
 素早く荷物を探り、昨日はほとんど役に立ってなかったデジタルカメラを手に、テラスへ躍り出た。

 水音が聞こえたのだろう、怪訝な顔をしたフミタカさんが、寝巻のままテラスへ姿を現す。
「……鈴鹿?」
「フミタカさん、おっはよー!」
 水しぶきをあげて手をぐっぱーさせたあたしに、呆れた眼差しが突き刺さった。
 なにさ。ゴキゲンで悪いか。
 窓のサッシに寄りかかり、腕を組んだフミタカさんが唇を曲げる。
「朝からいいご身分で」
「気持ちいいよ〜」
 うへへ、と奇妙な含み笑いを漏らしたあたしがいるのは、テラスに備え付けられたジェットバスの中。
 いくら沖縄でも冬だと厳しいかなーって思ってたんだけど、朝焼けを撮りながら太陽が出てきたあたりでこれはイケル! と温水浴を決行したわけ。極楽極楽。
 サイドには冷蔵庫から拝借した飲料水や食べていなかったウェルカムフルーツの残りを並べていたりして、絵に描いたようなリゾートのひと時を満喫中。
 太陽はすっかり姿を現し、昨日の曇り空とはうってかわっての晴天ですよ! 高い建物がないから良い感じに日も当たってまったく寒くないし。
 青い空! 青い海! どこまでも続く水平線が、今度こそあたしを呼んでますよー!
「いつから起きてたんだ?」
「しばらくゴロゴロしててー七時? ちょうど日の出の時間でね、朝焼け綺麗だったよ! 写真撮ったから後で見る? フミタカさんを起こさないようにするの大変だったー」
 はしゃいだ気分のまま矢継ぎ早にまくしたてる。なぜフミタカさんを起こさないようにしたかなど、自明の理だ。
 邪魔されるからね。今のように!
「もう! フミタカさんも入るなら場所あけるけど」
 水着の肩紐を引っ張ってくる手をはたいて落として、あたしは苛立ちの声を上げる。
「せまいな」
「二人でって意味じゃないっつうの!」
 ジェットバスの中に足を突っ込む、というお約束をかまそうとするフミタカさんに水をはね上げた。
「んもう! 起きたなら出かける用意して、ご飯食べに行こうよっ」
 タオルを振り回しながら文句を言って、あたしはバスから上がった。
 ジェットバスの後始末をすると、まだ完全には目が覚めていないのか、動きが鈍いフミタカさんを置き去りにする勢いで、支度にかかる。
 さっきまでのんびりしていたくせに、高速でお出かけの準備に向かうあたしにフミタカさんが唸った。
「お前自分だけ優雅に過ごしておいてだな……もうちょっと水着姿堪能させろ」
「アホですか。起きるの遅いのが悪いんじゃん」
 フミタカさんてば、仕事のときはどんなに睡眠時間が短くてもしゃきっと起床するくせに、起きなくてもいい休日は、一度や二度声をかけた程度じゃ目を覚ましてくれないんだもの。
 いや、そういうときは疲れてるんだなーと思って、基本放置するけどさ。
 あたしがしているのかわからない化粧をする間、着替えるだけで準備が終わったフミタカさんは、届けてもらった新聞に目を通し、さらにはパソコンを開いて何やら情報収集している。
「水族館のほかに行きたいところあったか?」
「パイナップルパーク! ……あれ、でも、パイナップルって今の時期も食べられるのかな」
「年中無休だっていうし、何かしらあるんじゃないか? 行きか帰りか、時間見ながら寄るか……」
 水族館とその周辺を回るのに、どれくらい時間がかかるかわからないので、候補に入れてもらう。
 今日は薄手のジャージワンピースに防寒具のパーカーを合わせてリゾート気分いっぱいのコーディネートでございますよー! フミタカさんも肌触りのいいカットソーにカーゴパンツというラフな出で立ちだ。
 インナーに何か着ておくべきか悩むところだけど、良いお天気だもの。大丈夫だと思いたい。
 いざ勝負ー!


 ホテルから美ら海水族館まで車で約一時間。途中、テイクアウトができるお店で簡単につまめるものを買って、食べながらドライブ。
 移動時間が長いから、のんびりした気分で道中も楽しむのが苛々しないコツだ。
 水族館は朝早く行くか、夕方がオススメだという。
 まともに人の多い時間帯にぶつかるんだけど、ゆっくりしていたからそれは仕方ない。うろうろし辛かったら、早めに出て周辺の施設回ればいいしね。
 予想通り、すでにスペースが埋まった駐車場に車を停めて、ユニークな作りになっている水族館の入口を目指す。
 実は、フミタカさんとのデートで、近所の水族館には行ったことがある。しかもそれって結婚してからの話なので、けっこう最近のこと。
 だから、「また水族館かー」とほんのちょっと、こっそり、芸がないかしらと思わないでもなかったんだけど。
 さすが美ら海は感動が違ったね……!
「口、開いてるぞ」
「はっ!」
 フミタカさんの指摘に我に返ったあたしは、両手であんぐりと開いた口を塞いだ。
 いや、だって! これは開くでしょう! 開くよ! 開くに決まってるし!
 見上げても見上げきれないくらい、大きな水槽。その中を悠然と、何の束縛もないように泳ぐ生き物たち。
 ジンベイザメでっかあああああ! 何匹いるのー! あっちにもこっちにも! 水中でお仕事していらっしゃるダイバーさんとの比較でまた口が開いちゃうよこれ!
「奥さん、その辺のお子様と同じ顔になってるぞ」
「はっ!」
 だからこういう反応が子どもっぽいと言われるのだ。わかってるんだけど。
 もう、思い出写真を撮ることなどそっちのけであたしは水槽にくぎづけだった。帰ってからみんなに見せるものはフミタカさんがあたし込みで撮っているようなので、よし任せた。
 銀の鱗を輝かせながら回遊する魚や、緩やかながらもダイナミックに行き交う大きなエイ(ナンヨウマンタというらしい)。ヒレの動きなんか風格すら感じちゃいますよ。
「いくら見てても見飽きないよー」
「好きだよな、お前」
 うん。水族館好きー。
 いつまでもへばりついていたら新たにいらした皆さんのご迷惑なので、やっとの思いで離れる。フミタカさんに手を引かれて名残惜しげに大水槽から離れるあたしは、それこそ保護者に引率されるお子様のようだったとか言わないでいただきたい。
「サンゴ礁コーナーの魚もびっくりカラフルだったし楽しかったー! お子様さえたくさんいなければタッチプール体験したかったな」
 年末休みということもあるのかご家族連れが多かったんだよね。子どもさん押し退けてヒトデ触るわけにもいかないし、その場はさっと見て終わったのだ。ええ、こうして未練を引きずっていること自体、大人げないのはわかっています……。
 サンゴ礁見てD印の人魚姫観たくなるのはあたしだけだろうか。あの場にいた皆様のご意見をお伺いしたい。茜なら同意してくれるはず。
「今度は夏に来て海に潜りたいな。お魚パネル越しじゃなくて直に見たい〜!」
「おっさんはお前のテンションに付き合わされるのは辛いんですが」
「フミタカさんホテルでゴルフしてていいよ。あたしは海へ行く!」
「……家族連れてくるのもいいか……」
 ぽつりとフミタカさんが呟いた言葉に熱意を込めて頷く。
 水族館のバリアフリーは充実しているので、お義母様も無理せず楽しめると思う。遼太は家族旅行嫌がる年頃かなー、お兄ちゃんに対抗して逆についてくるかも? 茜と母は言うに及ばず、お父さんたちは羽を伸ばせそう。フミタカさんとゴルフコースかな。
 問題はみんなそろっての休みが取れるかどうかだねー。
 大水槽を眺めながら軽食のいただけるカフェは席が取れなくて断念。
 席が空くまで待つかどうかを悩むあたしに、フミタカさんがこそっとささやいた「ファストフードっぽい味らしいが奥さん満足していただけますか?」。とたんに「無理して並ぶこともないか―」と考えを変えてしまったことを、ここに懺悔いたします。
 雰囲気や特別感より食い気を取るあたし、まだまだだなと……この旅行中、何回思い知ることになるのか……。
 ちなみに、最終的に水族館近くで食事したのだけれど、景観もよくとってもおいしいお店だった。

読んだよ!

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