はにー・むーん

*4


 日が落ちたホテルの庭は、光のオブジェに彩られ昼とは違う様相を見せていた。
 部屋にあった案内図によると、広大な敷地内のあちこちにテーマ別のイルミネーションが設置されているらしい。滞在中、夜のお散歩に見て回るのもいいかな。
 滞在している部屋とレストランがある建物は距離があるので、腹ごなしだと思えば苦でもないしね。
 しかし、今現在のあたしには煌めくイルミネーションよりも、心を占めていることがあった。
 ぽんぽこになったお腹を押さえながら満足の吐息を漏らす。
「おいしかった……お肉……幸せ……」
「毎度ながらどこに入ったんだと思うくらい食ったな」
 夕飯を取ったレストランでのステーキディナーを反芻し、うっとりするあたしにフミタカさんが茶々を入れる。
 が、味蕾で感じた旨味がまだ残っていて幸せ継続中なので、スルーっと無視です。
 おきなわ和牛もアグー豚もとろける柔らかさで、おっと、思い出すだけでヨダレが。
「贅沢は敵だって普段うるさいくせに、実はうちのエンゲル係数高くしてるのお前だろ」
「そんなこと……あるけどさ!」
 図星直撃の鋭い指摘に開き直る。
 でも言わせてもらえば、そのようにあたしの味覚を育てたのは、フミタカさんでもある。
 出会って以降、奢り飯というと美味しいお店にばかり連れて行ってくれちゃって、こっちの舌が肥えるのも当然だと思うの。
 ゆえに、いつも買い物のたび、あたしは「おいしそう……。でも、お高いんでしょ?」と、「ちょっと味は落ちるのよね……。だが安い!」の天秤に翻弄されているのだ。
 はい、主に前者に傾きがちです。
 おいしいは正義ッ。
「フミタカさんのお酒代削ろうかなー……」
 家計簿を頭に浮かべボソリと呟くと、横から伸びてきた手に頬をつねられる。
「コラ。菓子をコンビニで無駄に買うのも禁止するぞ」
「殺生な! 金額全然違うよ!」
「財布もお前もダイエットになってちょうどいいなー?」
「脇肉つまむな! ちょびっと気にしていることをー!」
 ちょびっとなのか? とか言わないでほしい。まだ大丈夫だから! 本格的に肉々しくなるほどではないから!
 ……なんの話だったっけ。
 フミタカさんの腕にぶら下がるようにして、地面を跳ねた。
「まあ、旅行中は好きに呑んでいいよ。泡盛気に入ってたみたいだし、いろいろ試したいでしょ。だからさ、車の運転」
「うん、買って帰って家でじっくり味わいます」
「……そんなにあたしの運転は嫌ですか」
 じっとり睨み上げたあたしの視線を受け流して、フミタカさんは「キレイダナー」とイルミネーションを白々しく誉める。
 家では晩酌の一杯しか許してやらないぞ。肝臓病予防に気を使うあたしはよい奥さんだと思うの。メタボ阻止!
「泡盛、うちのお父さんにも買っていこうかな。昔ほど強くないから、量は少な目でおいしいの」
「それは俺が出すぞ。お義父さんの好みはこの間呑んだから大体わかる」
「フミタカさんが実家行くと、一緒にガンガン呑んじゃうんだもんなあ」
 お酒一緒に楽しめる息子ができて嬉しいんだか知らないけど、やっぱり飲み過ぎは困ります。
 フミタカさんも、『お酒に強い』イコール『肝臓強い』わけじゃないんだから、水のように呑むのはやめてください。
 ぶつぶつと苦言を申し立てるとまたしても矛先をずらすように、「雲が薄くなってきたなー明日は晴れると良いなー」と、ちらほら星が雲間からのぞく夜空を見上げ、フミタカさんが呟いた。
 おにょれ。

 すぐに部屋に戻る気分でもなくて、明日の予定をあれこれ相談しながら歩く。
 ホント、ここ最近気を抜けるのが就寝時間というありさまだったので、こんな風にのんびりできることが貴重に思える。
 来年からは落ち着いた生活を送りたいものです。
 ――と、思った矢先。
「敦子さん敦子さん、ほらやっぱりあの人たちだよ」
 こちらに向かって上げられたらしきにぎやかな声に、何事かと振り向く。
 目を向けた先には、女らしい柔らかそうなワンピースを着た美人さんとその彼女の腕を子どものように引く男性の姿。
「――あ、レンタカーの」
 昼間に行き会った二人だった。
「奇遇っすね! 同じホテルだったんだ!」
「……いきなり失礼でしょう。昼間は助かりました、改めてありがとうございます」
「いえ、困ったときはお互い様ですから」
「どの辺の部屋に泊まってるの? ここ広くて迷っちゃうよね」
 大人二人が(いやあたしも大人だけど)礼儀正しくそつのない挨拶を交わす横で、気安いのだか馴れ馴れしいのだか、男のほうが陽気に話しかけてくる。
 他意はまったくなさそうなので、こういうひとなのだろう。ようするに、空気読まない系?
「昼間は話途中になっちゃったけど。やっぱり彼氏さんだよねぇ。ラブラブで手、繋いでたし」
 いつから見てたのだ、とツッコミたい気分を抑えて、今度こそあたしも訂正する。
「彼氏さんというか、旦那さんですよ」
 中途半端になっていた返事ができて、スッキリだ。
「えっ? ……マジで!?」
 ……そんな真剣に驚かなくてもいいでしょうが。
 史鷹さんとあたしを見比べて、野郎は目を瞬く。彼女さんも明らかになった事実に「あらまあ」と驚いているようだが、どちらかというと好意的に目元を和ませながらだったのでカチンとはこない。彼氏とは違ってな!
「実は新婚旅行で。結婚したのは秋なのですが、延び延びになっていてやっと来ることができたんですよ」
 一見愛想よく、内実牽制してフミタカさんが説明する。さりげなく手をあたしの腰に回したのは親密さを見せつけるためか。ていうか、あちらもカップルさんだからね? 威嚇する必要ないからね?
 フミタカさんの言葉を意訳すると、【他人様に構われたくないいちゃいちゃ旅行なんだよ、やっと休みがとれて来てるんだから邪魔すんな】ってところ?
 そうして、「それはいいですね。ゆっくりなさってください」と、気働きする彼女さんはニコリと微笑んで、それとなく去ろうとしたのに。
 空気読まない野郎は本当に空気を読まなかった。
 なぜか愉快げに叫ぶ。
「うわー、マジで結婚してるんスか! 結構年齢差ありそうですよね、奥さん学生じゃないッスか!」
「社会人! 御年二十五才だっつうの!」
 脊髄反射で言い返すと、「えぇっ、同い年!」とまた驚かれた。こっちが「ええっ」だよ!
 ええいこんにゃろう、つられて低レベルの反応をしてしまった。
「勇次くん! 失礼でしょう、さっきから、もう! ごめんなさい、旅行先ではしゃいでいるみたいで。お邪魔して申し訳ありませんでした」
「あいたた、敦子さん耳ちぎれるちぎれるっ」
 野郎の耳をきつく引っぱりつつ、彼女さんは頭を下げてこちらとは逆の道へ足を向けた。
 あれじゃ彼女さんも大変だな……がんばって彼氏を躾け直してください……。
 野郎の情けない悲鳴が聞こえる方角へ南無と手を合わせていると、フミタカさんがため息を吐き出す。
 不機嫌かつ苛立たしげなそれに、あたしは宥めるように彼の腕を叩いた。
 いやいや、まあまあ。あたしも野郎のノリに疲れたけど、あの空気を読まないはしゃぎっぷりにデジャブを覚えたというかなんというか。
 微妙に同類項な臭いがしたので、あまり他人のことは非難できない立場です。
 ガクリと肩を落としたフミタカさんが呟く。
「常にどこかで変なのに絡まれるのは俺たちのデフォルトなのか……」
 どうしようもない愚痴に同意の頷きを返しながら、あたしはちょっと虚ろな笑いを浮かべた。
「神代さんがいたら『ダブルトラブルメーカーが』とか言って、鼻で笑いそうだね」
「やめろ。目に見える」
「あたしたちなんにもしてないのにー」
「なんにもしてないのになー」
 二人してふざけるようにぼやいて、繋いだ手を振りながら、光に彩られた道を歩く。
 いつでもどこでも変わらないあたしたちの旅行一日目は、こうして終了した。


読んだよ!

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