銀
「それを身につけてどんなときも離さないようにして。――銀で出来たそれは、我々には触れることができない。ミツキの守りになるから」
わずかに身を引いて、アレイストは私の手にある小剣に対し、まるで眩しいものでも見るかのように目を細めていた。
「……銀?」
私は意外に軽く感じるソレを両手に持ち直し見つめた。
柄には絡まる蔓薔薇を模した飾り彫り、握って鞘から抜くと、ツルリと光をはね返す銀色の刃が現れる。
キレイやけど。
『銀で出来とるて、刃物としては役に立たんのと違う?』
やらかくてポッキリ折れてまわへん?
『そうでもない。それには一族の秘技が籠められているからね。それに、言っただろう? 我々は銀で出来たソレに触れることは出来ない、と。
銀に触れればこの身がほどけて腐り落ちてしまうからね』
苦笑と共に告げられた言葉に、私はギョッとする。
腐る?
腐るてなにッ!?
『言葉の通りだよ。――銀は我らを滅ぼす』
静かな声が私と彼の間に落ちた。
『我々は人間より丈夫に出来ているが、銀に関しては別だ。どんな小さな固まりでも、ソレに少しでも触れると、この身が危うい。
大抵の小さな傷は瞬きの間に癒えるが、銀に触れた部分は癒えることなく身を腐らせ、銀傷が全身に回ると――死に至る』
アレイストは淡々と、表情もなく、一族の最大の弱点だと思われる事実を私に告げた。
こういうことで、アレイストが私に嘘をつくとは思えない。
と、いうことはそれは紛れもなく真実。
私は手にしている飾りとしか思えない銀の小剣が、とんでもなく熱いものかでもあるような気がして、肩を震わせた。
て、いうか、
そんな物騒なもん渡すなやーーー!!
まかり間違って自分がこれに触ってしもたらどないするん!?
セクハラが基本性能なアレイストやから、絶対ありえんで!!
私がそう言うと、触れそうな部分はコーティングされているからミツキが刃を抜かない限り大丈夫だよ、とまったく全然信用できない答えが返される。
ちゅうか、あんたはあたしがコレ持っとっても触る気満々ねんな……。
腐る、腐るって“灰になる”やったらお話っぽ過ぎてあんまり実感ないんやけど。
腐るってなんか、リアルに想像できるんは何でやろう。
怪我したあと傷口が膿んだことあるからかな。
要は銀限定の金属アレルギーみたいなもん?
そういやジャラジャラした余計な飾り物とか似合いそうやのに、アレイストもアスタもロルフもアクセサリーて一切つけてない。
こういう由緒正しい金持ちが使うのって銀食器だってイメージあったけど、違ったのはそういう理由かあ。
しかし肌身離さずって、どうしろというのか。ポケットに突っ込んどける大きさやないし。
私がナイフを困惑した表情で見ているのを察して、アレイストは重々しく告げた。
「冗談じゃなく、身の危険を感じたらそれを使うんだ。
――アレイストの名のもとにミツキ・アキハがその剣の所有者であることを認める」
そのときの私は、
(“使え”てあたしを殺人者にするつもり、この男!)
なんて頭の中でツッコミを入れていて、アレイストの意味深な台詞に隠されたものになんて、まったく気付いていなかったのだ――。