ミツキとアスタ
「代表はホント、ミッキがお気に入りだねぇ」
からかいを含んだ声に私は疲れた視線を向ける。嫌そうな私の顔を見て、彼女は堪えきれず吹き出した。
『アスタ、からかうなら一緒にご飯食べへんで』
私の向かいに座り、長い足を組んだアストリッドにムッとしたまま告げると、いやぁーん、ミッキ怒っちゃいやん、などとシナを作りつつ爆笑する。
美人なのに変な女、アストリッド・ヨゥン・カールステッド、彼女はこちらに来て初めて出来た私の友人だ。
綺麗なオレンジの髪を無造作に一つくくり、無骨な赤フレームの眼鏡をかけた彼女は、スラリとした長身をそっけないカットソーとジーンズに包み、性格と同じく女らしさの欠片もない姿を常にしている。自らの美貌を冒涜しているとしか思えない。
私から見たらせっかくの素材生かさないの勿体ないと思うんだけど、本人が面倒くさいと言うんだからそれ以上は余計なお世話というものだろう。
それに、アストリッドがキラキラしい美女だったら仲良くなるのに時間かかっただろうし。
彼女は僅かに日本語が出来ることから、私たち留学生と周りとのクッション役になってくれているのだ。
出会った当初から私とは気が合い(てかあたしをオモチャにしとる)、今やけっこう何でも話せる仲。
というか、留学当初からアレイストにかまわれ過ぎ、奴のお取り巻きに忠告という名のイヤミを叩き付けられたあと、人気のないところで日本語で罵詈雑言を吐き出しているのを発見されて、が仲良しになったキッカケ。
私が心底アレイストを疎ましがっていると知っているはずなのに、ワザとそういうことを言うあたり、根性が悪い。
『ホンマなんとかして欲しいんやけど。要らんストレス溜まるし、ただでさえ留学生ちゅうのでジロジロ見られるんに、更にアレのせいで針のむしろやん、あたし』
一緒に来た他のみんなも、悪目立ちしている私とかかわり合いになるのが嫌なのか、一歩引いた態度だし、アストリッドがいなかったら本気で一人ぼっちだったのだ。
「なんとかねぇ……、立場的にもアッチが上だし、表立っては協力できないけど……」
声を潜めたアストリッドがちょい、と手招きし、顔を寄せるとひそりと囁いてくる。
「代表の弱味握るとか、どうよ」
は……?
「弱味なんかある、彼に?」
ソレを探り出すんでしょお、と額をつつかれた。
ニヤニヤしているアストリッドは完全に面白がっている。どっちでもいいけど、って態度だなこれは。
弱味……、弱味なぁ……。
下手したら諸刃の剣になるネタやないんか、王子の弱味なんて。
知られたら抹殺、とか。
まあそれは冗談としても、興味を引かれてしまったことは否定できない。
アレイストは見る限り、誰もが好意を抱く好青年。
容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能、お家柄もよく人気者、どんな者にも分け隔てなく優しくて、頼りになって、――って、どこの夢物語のヒーローだ。
その非の打ち所のなさが、私には気持ち悪く映る。
おかしいっちゅうの、絶対。
なんや裏があるに決まっとる。
そう常々思っていたことを見越したように囁かれたアストリッドの言葉に、私は好奇心がうずいてしまった。
つまり、ヤツの弱味……とまではいかなくても、なにかちょっとした弱点でもいいから、知りたいな、と思ってしまったのだ。
そういう人間らしいところがあるって分かれば、もう少し付き合いやすくなるかもしれないし。
積極的に調べるつもりはないけれど、スキがあれば探ってみよう。
そんな風に軽く、私は決意して。
それが大間違いだなんて思いもせず。
まんまと深い深い墓穴を掘りに、自ら向かってしまったのだった―――。