嵐の前の
『ミツキ、あとで課題チェックしてあげようか』
『あ、ホンマ? 助かるわ、ちょっと文法不安なとこあってん』
車を降りながらのアレイストの提案に私は嬉々として飛び付く。
アレイストたちの事情に巻き込まれてから勘弁してくれと思うことばかりだけど、勉強に関しては随分得してるなと自覚してる。
アレイストん家の図書室(家に図書室ってどないやねんと思ったものだが)も使い放題だし、何たって優秀な頭を持っている奴がすぐそこにいて何でも教えてくれるのだ。
今度のレポートはA+間違いなしというものだ。
二人で居とるとすぐセクハラに走るのだけは、なんとかならんかと思うものの。
『夕食のあとに書斎で……』
ふと、言いかけたアレイストの言葉が途切れ、鋭い眼差しが家の方へ向けられる。
どないしたん?
歩みが止まったアレイストを見上げると、無表情と言っていいくらい険しい顔をしているのに気づく。
最近わかってんけど、アレイストって感情が高ぶると無表情になりよるねん。
たぶん、暴走せんように頭ん中コントロールしようとするからちゃうやろか。
この短期間で、彼の無表情の中の表情を見つけ出すのに長けてしまった自分がいた。
今日のこれは……、怒ってる? いや、不快そう?
アレイストはその能力でもって人間には感じられないようなことも察していたりする。
ので、何があったんだろうとその視線の先を追ってみた。
玄関のポーチの前で、常に落ち着いた姿を見せていた執事さんが、僅かに動揺している様子で私たちを迎える。メイドさんたちも浮き足立ってるような。
アレイストは荷物をメイドに預けながら、奥に視線を向けたまま執事さんに訊いた。
「――誰だ?」
「は、ムルデンの君とシジュールの若様、ベルンハルト様が……」
「揃いも揃って……」
忌々しげに呟いたあと、隣でキョトンとしていた私の肩を抱き寄せてくる。
それは親しさを強調するような触れ方で。
オイコラちょっと……、
「ミツキ。今から俺がすること言うことに合わせて」
いつもの通りセクハラに文句を言おうとした私は、俺様王様モードになったアレイストに口をつぐむ。
……こいつがこーゆーふうになるて、ものごっつうイヤな予感がするんやけど。
今までの経験からして、アレイストがこうなったときってさあ……。