ミツキと王子・3
そんな私の凝視に気付いたのか、アレイストが振り向いてキレイに微笑む。
……うっさんくせえー……。
いや、ワタクシも年頃の娘さんですから男前は嫌いではないデスヨ? アレイストの顔はうっかり見惚れるくらい綺麗やと思うし。
ただ、なんつうかこう、何考えとるかわからんねん、コイツ。
こういう人物は遠くで眺めてるのが一番だ。他の留学生仲間と一緒に、芸能人を見てるみたいな立場のほうがよかった。
だけどアレイストはこちらを見掛けると、必ず話しかけて来るので、関わらざるをえない。
たどたどしい私の英語を辛抱強く聞き取り、ゆっくりとわかりやすい言葉を選んで会話してくれることを有り難く思わないといけないのだろう。
けど、ハッキリ言うてウザイんじゃっちゅーねん。
無駄に近くでフェロモンを撒き散らされるのも変に緊張するし、その気がなくてもこの顔で笑いかけられたりすると心臓に悪いので止めて頂きたい。
フェミニスト精神は立派だが、私のような一般庶民を相手にするより、自分に見合うお嬢様方だけに発揮するが良かろう。
――と、長々訴えたいところなのだが、先ほども言った通り留学4ヶ月目の私にそこまでの言葉は操れなくて。言葉を探してもぐもぐしてるうちに目的地に着いてしまう。
ああ……またこうやってウヤムヤに……。
「ミツキ、ファーム教授の研究室でいいんだね?」
片手で本を抱え、空いたもう片方の手でドアを開けてくださるレディーファーストぶりにため息をつきつつ頷いた。
予想通り部屋に入った途端向けられる、ギョッとしたみんなの視線。
刺さるようなそれを意にも解さず、王子はスタスタと奥へ向かい、振り返って私に微笑みかける。
パーフェクトスマイル。
キラキラ振りまくなっちゅうの。
「ミツキ、ここに置くよ?」
「ああ、ハイ」
ほとんどをアレイストが持ってくれたお陰で本を無事運ぶことが出来た私は、しぶしぶ彼に近寄りペコリと頭を下げる。
「手伝ってくれて、ありがとう」
いくら好かないヤツでも、礼儀を忘れてはいけない。
アレイストは僅かに眉を上げて、クスッと笑った。
「どういたしまして」
と、身を屈めて、ん? 何や、と見上げる私の頬に、触れるもの。
……は?
「ギャアッ!?」
キ、キスしやがったああっっ!!
『っちゅうか何すんねんこの外人ッ!』
奇声をあげて飛び退き、ほっぺたを押さえる私をキョトンと見つめたあと、アレイストは何かな? という風に首を傾げる。
ななななんやねーん!
あたし、サンキューベリマッチしか言うてへんやんな!? で、なんでそれでホッペチューやねん! くそお、ギャージンめ、スキンシップ過多なんじゃっちゅうの!
睨みつける私とは正反対にご機嫌な笑みを浮かべ、またね、と王子は去っていった。
今の一部始終を目撃していた人々と、これから言い訳に苦心するであろう私を残し。
……あたしは、あたしはただの日本人留学生でいたいねん――!!
しかし、それはこれから私に起こる、非日常へのプロローグに過ぎなかったのだった……。