逆鱗
『って、いやいやいや、マジで? コドモって、あたしまだ学生ですよ〜? 未成年ですよ? つうか、まだ嫁に行く気もあらへんわ!』
うろたえるココロのまま、膝に乗せたクッションを揉みしだき振り回し言うと、ムカツクくらい冷静にアレイストが首を振った。
『このさいミツキの意志は関係ないんだよ』
言外に、問題が違うことを伺わせるまなざしに、変な汗が背中を伝う。
ちょ、ソレってどうよ。
「まさか長老たちがこういう手に出るとはね……アレイストの言葉を何だと思ってるんだ」
「意趣返しのつもりじゃないか。言うことを聞かない“アレイスト”の下知などものともしないという」
「都合のよいときだけ祭り上げて……」
忌々しげなアストリッドの言葉に、やけに静かな抑揚でアレイストが応える。
「ムルデンが真っ先に動くとは意外だな? ……いや、そうでもないのか」
「にしても、排他的な奴に情報が回るのが早すぎる。ロルにその辺り調べさせた方が良さそうだ」
難しい顔と無表情に怒りを漂わせている二人の会話にツッコむ気力もない。言われたことが整理しきれなくて、ただ頭の回りを浮遊している感じ。
ふと、アレイストが顔をこちらへ向けた。
『ミツキのことが一族のバカどもにバレた以上、実力行使に出る奴らもいるだろうから、注意して』
淡々と恐ろしいことを言う奴に私は噛みつく。
『あんなぁ! いくら免疫あるゆうても、力づくで来られたらあたしに何が出来る言うんっ!? どない注意せえちゅうの!』
現にあんたにとっ捕まってこうゆう状況になっとるやろ! 私がそう指摘すると、それもそうだよね、とアストリッドが肩をすくめて。
なんであたしがこないな目にー!
誰もが振り向く天然美少女でも、ボンキュッボンの美女でもないのにっっ!
あたしは平々凡々、ただの地味などこにでもおる日本人でおりたいねん!
なんなん、何が悪かったん、やっぱり授業料留学費タダに釣られてこんなとこまで来てしもたんが悪かったんー!?
頭を抱えて苦悩していると、向かいに座って私を他人事のように眺めていたアストリッドが、ハッと身動いだ。
「アレイスト?」
え?
らしくなく恐れを感じたその声音に、私は顔を上げる。当の彼に目を向けると。
「……まったく、俺のものを横取りしようなんて舐められたものだ」
吐息も凍りそうな冷気漂う声でアレイストがつぶやいた。
いや俺のものてあたしのことか。いつ誰がアレイストのものになったっちゅうねん。
そんないつものツッコミも出来ないくらいの雰囲気に、私はひゅっと息を吸い込んだ。
冷たい冷たいバイオレットが蜘蛛の巣状態の家系図を見据えている。
ふぅっと空気の密度が変わったような気がして、瞬く。
アレイストの瞳が、赤く輝いて――。