手遅れでした
『実家に帰らせていただきます』
意味不明なことを口走り、踵を返して出て行こうとする私をアレイストが苦笑して引きとめる。
『実家って。どこ行くんだい、ミツキ』
『てゆーかアンタと二人きりて冗談やあらへん、こっちは嫁入り前なんや変な噂立ったらどないしてくれるねん!』
『喜んで責任とるけど?』
『アホか。戯れ言はええねん、悪いけどやっぱりあたし寮に……』
コックリ可愛らしく首を傾けて言われた言葉を一蹴すると、またぶつぶつ。
独り言多いて意外と根暗いな、アレイスト。
「スルーか……またスルーなのか……」
何がや。
気を取り直したらしい彼は、気づかぬうちに腰に手を回しクルリと私の足を中へ向けさせる。
「そんな些細な心配はしなくて良いから、少しこれからのことを話しておかないかい」
あたしの操の評判を些細とか言うか。って、だから気安く乙女に触んなと言うに!
ベシリと腰に当てられた手を叩き落とし、『セクハラ!』と厳しく注意する。
外人、スキンシップ過多やねん。
アレイストはヘラッと笑って親愛の情だよ、なんて言ってるが、私は知っている。アンタはただの女好きだ。
「ひどいな、ミツキ。今までの彼女たちはみんな生命維持するために仕方なく付き合ってたんだよ?」
何が生命維持や。
餌扱いしとるくせに。
はっ、もしやあたしをここに置くんは非常食にするためか――!?
「そんな。非常食だなんて、ミツキみたいなご馳走を」
ご馳走言うたで、今!
「ミツキが与えてくれるなら、他の奴等の血なんか要らないんだけどね……?」
『いやいやいや! あたしばっかやと栄養片寄るよ!? どうぞ他の女の子たちと思う存分いちゃこいて下さいませ!』
妖しく微笑みかけてくる変態セクハラ吸血鬼の腕から逃げる。
ちっ、て王子、今舌打ちしたな?
そうこうしてるうちに何だか通路の方が騒がしい。
「ああ、来たか」
なんて言うアレイストの声に廊下を覗くと―――、
『ぐあ』
細々した私の荷物が台車に積まれて運び込まれているところだった。
ハヤッ! もはや手遅れ!?
「さ、ミツキ、片付けようか」
ニコリと笑うアレイストに、手を握られ引かれたが、すでに私はそれを振り払う気力もなかったのだった……。