王子とミツキ

 
面倒だとしか思わなかった。
最初は。

来期から本格的に施行される交換留学制度。
その試験的なものとして、数人の東洋人を受け入れることになり、学生代表および学院の理事の一人でもあるジャンシール家次期当主の自分にその世話を任されるのは当然のこと。

留学制度の裏側にある一族にとっての事情も分かっていたので、内心がどうであれ、にこやかにそれらを迎えてやった。

どうせ下等な生き物、上位者である自分の前に立てば従わせることなど容易い。

ほら、現に少し微笑んでやっただけで、もうこいつらは自分の虜。
そのつもりがなくても、一族特有の外見とフェロモンが、自然と人間を引き寄せる。

――ヒトなどつまらない生き物。

やけに子供っぽい印象を覚える留学生たちに、社交用の態度で接していると、

『……うさんくさー』

ぼそりと小さくつぶやかれた声を、ヒトの何倍もある優れた聴覚が拾った。

ウットリと向けられる視線の中で、一人だけ、しかめっ面をしている少女を見つける。癖のない黒髪をポニーテールにした、特筆するところもない、中肉中背の普通の娘。

ただ、その黒い瞳が自分に対して不審の色を写していた。

話しかけると嫌な顔。
会話が不自由なのをいいことに、こちらのペースに巻き込むと、日本語で悪態をつく。
くるくる変わる表情と、威勢のよい一人言に、吹き出しそうになるのを何度我慢したか。気づかれていないと思っているのが可笑しい。

正直、こんな反応をされるのは初めてだったので、新鮮で楽しくて仕方がなかった。

穢れていない健康な血の匂いにも惹かれたが、一度口付ければミツキの自然な感情が損なわれてしまうのはわかっていた。
我ら一族の餌となったものは、少なからずこちらの支配下に置かれる。

それが理。

だから、飽きるまでは、手出ししないでおこう。
せっかく見つけた楽しい玩具。
長く楽しませてもらわないと。

うんざりするほどの永い命を女神に押し付けられたのだから、それくらいの暇潰しは許されて当然だと思わないか?

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