結界(二)
「貴女が直々に指名した土地だ。一筋縄ではいかないと、思っていたが、その地に住まう人々までもとは」
「貴方は共存をと望まれたわ。だから、わたくしなりに考えた故のこと」
アレイスト個人はさておき、彼らの一族を信用してはいない。我が民を一方的に搾取する、そんなことはさせない。
「長い時間は要するでしょう。まずは意識改革からといったところかしら。わたくし自らの手で鼻っ柱をへし折って差し上げられないのが残念ですけれど」
「……お手柔らかにお願い致します」
どうして貴女の美しい唇からは物騒な言葉ばかり出てくるのかな、顎に手を当てつぶやいたアレイストは、気を取り直して懐から片手のひらで包み込めるほどの石を取り出した。
つるりとした黒い球体の表面が灯りを反射し、赤く揺らめく。
「国の要所に私の力を籠めた秘術の核を埋めました。今から王城を中心として、土地に結界を張ります」
「秘術……」
シーアの異能はあくまでも感覚的なものだ。自分の力が周囲に何らかの威力を及ぼしていると感じるだけで、実際にはただの思い込みなのかもしれないと考えたこともある、不確かなもの。
アレイストたちが使う力も自分と同じではないが、似たようなものだと理解していた。
――見えない力を、万象に及ぼす。
故に、手順に乗っ取り術具を使った秘術を行うと聞いて、少しばかり意外に思ったのだ。
彼女は球体を見て、首を傾げる。
「その、結界……とは、どういったものですの? 他国の目より隠すと仰っていましたけれど、この国がなくなったように見せると、そういうこと?」
「おおまかに言えば。地図の上にも人々の前にも、リストリアという国はあります。ただ、『ある』と意識できなくなるだけで。――川や渓谷を避けるように、この国は迂回されるといった感じですか」
アレイストは宙に指先で国の形を示し、その周りをくるりと取り囲む仕草で円を描いた。
記された架空の地図がそうすれば現れるかのように、シーアは目を凝らす。
「……いまひとつ理解できないのは、わたくしが愚かなのかしら」
眉を潜めてため息をつくと、シーアは手にした鍵を錠に差し込んだ。反応が感じられるまで回す。と同時に重い石の扉を押した。