結界(三)


 閉ざされた扉の向こうには自然にできた洞窟を利用し、石壁を整えて作られた祭壇がある。
 その昔、巫が神に語りかける場だった。今は緊急時に避難場所および脱出路に続く分かれ道となっている。

「城の中心地はここになりますわ。その、核を埋めるとなれば祭壇がよろしいかと……アレイストどの?」

 入り口で立ち尽くす青年に気づき、シーアは彼に声をかける。彼女の訝しげな視線に、嘆声を漏らした彼は慎重な歩みで彼女の示す場所まで進んだ。

「どうなさったの?」
「ここは、今の私には少々強いですね……姫のような能力を持っていたヒトの気配が濃く残っているようです」

 胸元を押さえ、深く息を吐いたアレイストの言葉に、シーアは周囲を見回す。

「……確かに、わたくしと同じ役目を持った方々が祈りをささげた場所ですが……大丈夫ですか?」

 昔の神子の気配と言われ、自分の先祖だとわかっていてもぞっとしない。自分とは違う意味で顔色を悪くしている男を心許なげに見上げた。秀麗な眉目がいつもよりもさらに白く見えて、つい額に手を伸ばす。

 虚を突かれたアレイストは目を瞬いた。
 手のひらに伝わるヒヤリとした感覚に、シーアは眉をひそめる。急いていた彼に引きずられ行動したが、休息を取らせたほうがよかったのではないだろうか。

「大丈夫ですよ。シーアどのが心配してくださるなら、奔走する甲斐もあるというものです」

 冗談めかした発言にムッとして、「戯言をおっしゃることができるならよかったですわ」とそっぽを向く。とはいえ、早く用件を済ませたほうがよいことはわかった。

 長い年月人々の手に触れられた祭壇は角も丸くなり擦り減って、知らぬものが見ればでっぱりのあるただの壁と判断されるだろう。
 祭壇に近づいたアレイストは、許可を求めてシーアに目で問いかける。
 彼女が頷くのを確認したあと、袖口から小刀を取出し、正面の壁に突き立てた。
 冷え固まった乳脂(バター)を切るように易々と石が刳り貫かれる。どんなに硬い刀なのだと呆れながら眺めた。

 何事かつぶやくと、アレイストは透かし見るように球を掌中で転がした。灯りを反射すると紅玉のようにも見える。

「――結界とは、どのくらいのあいだ持つものですか」
「私の命がある限りは有限に。例外は、ヒトの欲が私の術の力を上回ったとき、でしょうか」

 実際に壁を作るわけではないので、リストリアへ何としてでも行くのだという、確固とした意識があれば結界の働きかけは効かない、らしい。

「あとは、条件付けをしましょう。我が一族の血、リストリア王家の血がこの地にあるかぎり、と」

 共同戦線を張るなら納得のいく内容だ。しかし。

「できますの?」

 彼の力を今さら疑うわけではないが、そのような都合のよいことができるのかとシーアは疑問を呈する。
 アレイストは軽く口の端を上げてやっと彼らしい余裕の表情を見せると、胸に手を宛て恭しく礼をとった。

「シーアどの。血を一滴(ひとしずく)、いただけますか」

 思えば、彼自身が血を求めるのはこれが初めてだった。


 

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