乞うもの

彼と対等なものなど、今までいなかった。
彼は生まれたときから一族を率いる王で、絶対者だった。

皆、彼に跪く。
皆、彼を盲信する。
彼の一挙一動に、皆の全てが委ねられる。
一族の本能とも言える、強者に対する服従心がなすもの。
彼の下へ自然と集い、そして支配をなんの疑問も持たずに受け入れる。受け入れることを望む。
それを疎んだことはないし、彼の能力ならば、持て余すこともなかった。

――ただ時折、何もない場所に、ただ一人で立っているような気がするだけで。

そんな時は抗いようのない虚無が、胸を通りすぎて行く。
だが今、彼はふと振り返った所に、まるで同じように佇んでいる相手を見つけたのだ。
違う存在。自分よりも劣る生き物。
だが、その有り様は何よりも自分と似て。
背負うものも、同じ。
彼女と手を携えて、明日のことを考える。
そう出来ることに、まるで初めて恋をした少年のように、心が浮き立つ自分を笑った。

「ディルナシア」

柔らかな呼びかけに、シーアは微かに首を傾げた。ありがとう、と聞こえたような気がして。
触れて離れる唇は、風に舞う花弁のようだった。
「貴女は全く得難い女性(ひと)だ」

一瞬、その微笑む紫紺に見惚れたあと、シーアは声を上げる。

「なっ、なにをなさいますのーーーッ!!」


昼の陽が差す庭園に、頬を張る音が響いた。



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