求むるもの、望むもの


自分一人のことであれば、構わなかった。
もとより、彼女の血肉も魂も全て国民に捧げている。
頼りなく若い王族に従い、異なる力を持つ自分を慕い敬ってくれた皆のためならば、魔女にだってなってやると決意したのは、ほんの数ヶ月前のことだ。

シーア一人に贄になれというのならば、頷くことができるものを――何も知らぬ民に、守護のためとはいえその血を捧げろとは簡単に言えないし、言えるものではない。
戦に巻き込まれるのとはまた別の脅威に身を曝せと、どうして言えようものか。

だが、どこかで選ばねばならないこともわかっていた。
やがて来るだろう、何も残らぬ外からの嵐をただ待つか。
自らを傷つけかねない嵐の種を、内に抱え込むか。
どちらかを――

「……わたくしの一存で決められない」

彼女は国を支える者だが、治める者ではない。
兄王に黙って、皆を、自分たちを左右する選択に可否を言える立場にはない。
それは当然のこと。
だが、何故か答えられないことが心苦しかった。
どんな目的があろうとも、真を以て差し出された彼の言葉は、彼女自身を認めてのものだったから。
彼女を認めて、本来ならば隠し通すべきである彼ら一族の真実を告げたのだから。
苦い顔をしたシーアに、アレイストは軽い笑みを漏らした。

「勘違いなさっていますよ、シーアどの。いま求めているのは、貴女が私の共犯者――同盟者に、なってくれるかということ。答えていただきたいのは、貴女の民と私の民、この二つが共に生きていく方法を、私と考えて下さる気があるか、ないか。それだけです」

自分はこんなに頭が悪かっただろうか。
目の前の青年が言うことが、頭に素直に入ってこない。
シーアは、自身に対する苛立たしさを振り払うかのように、ひとつ、深く息を吸った。
身の内に、庭に咲き誇る薔薇の香気が満ちる。
それを感じたシーアは、ふに落ちた。

――なるほど、彼ら一族はこの薔薇に似ているかもしれない。
その美しさに目を奪われ。その気配に心を奪われ。側にいると、存在に抗いようもなく誘われる――
そう理解してしまえば、不可解なことなど“そういうもの”だと呑み込める。

彼が魔なるものだというならば、こちらだって神子なるものと言われているのだ。異能持ちの化物はお互い様。先程までの混乱をぬぐい捨てたシーアは、グイと顎を上げた。

「……これは、わたくしと、貴方――アレイストどの、二人の間で約されることですのね?」

気付いていた。協力を求める言葉は、常に個としてのもの。
リストリア王女と、真族の長としてではなく。ただのひとりひとりとしての、共闘を。
ひとりの人間と、ひとりの真族として、お互いの属するものを守るための方法を、探す。

ふたりで。

見上げた彼の宵闇に、肯定を感じ、シーアは笑んだ。
まだ彼がどんな人物かはわかっていない。ただ、彼が彼の一族の先を憂いていることだけは、わかるような気がした。
彼女も同じだったから。

「――いいわ。貴方の手を取りましょう。対等なる者として、貴方がわたくしを扱われる限り、わたくしは貴方の同盟者です」

光を孕んだ琥珀の瞳が彼を貫いた。
彼女は目を逸らさない。彼らが危険なものだと知っても、知っているからこそ、真っ直ぐにこちらを見据える。
その実を確かめるために。

アレイストは、眩いばかりの彼女の眼差しに、高揚を覚えた。
長い間、見つからなかったものがここにある。
そんな心持ちがした。
彼個人を認める瞳。そんなものを望んでいたことになど、気づいてもいなかったのに――


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