夜の王と月の姫
「――楽しんでおられますか、旅の方」
「ええ。突然伺ったにもかかわらず、このように歓待して頂くとは思いもよりませんでした」
まろやかな頬に緊さを乗せて、訊ねる娘に頷いた。
ええ、貴女のお陰で、久しく覚えなかった喜びを感じていますよ、と心の内で呟いて。許しを得て指先に口付ける。
「――私にも、貴女をシーアとお呼びする権利をお与え願えますか?」
「――ええ、どうぞ。アレイスト、殿……」
解放された広間、あちらこちらに灯された篝火に二人の輪郭が揺らめく。
夜の王に寄り添う、月の乙女。
黒髪の客人と白金の髪を持つ姫が並ぶ姿は、それだけで幻想的な絵のようだった。
密やかに周囲で交わされるのは、美しい客人は姫に、姫は客人に、一目で心奪われたのだというお伽噺。
ヒトより優れた聴力を持った彼の耳には、目の前で起こった恋物語にウットリする貴婦人たちの囁きが確かに聞こえていた。
――恋などという柔らかなものに見えるのかと、また笑い出したくなる。
見えない剣を打ち合うように、お互いを観察している、これが。
神秘の力を宿しているからというだけでなく、ここまで自分の近くに佇んでいられる彼女は、ある意味感嘆に値した。
力を使わずとも、その外見と生まれ持つ王の気質で他者に無条件で傅かれていた彼は、もう一度姫を見つめる。
対等の者として立つ、その娘を。
美醜に敏感な我々の目をも奪う、凛とした美しく繊細な佇まい。
しかし、彼女を何よりも彼女として見せているのは、やはりその瞳。
月の色。金を溶かしたような。瞬きをすると、潤んで揺らぐ琥珀。意志を乗せると強く訴えかける力を持つ。
白金の髪には一輪の赤い
薔薇。
その赤がやけにこちらを刺激する。
――喉が乾く。
彼女の清らかなる、そして侵しがたい精血の香は、魅いられるように、甘かった。